
たくさんの人に認知される文章には秘密があるようだ。本書『文芸オタクの私が教える バズる文章教室』は、「読んでいて楽しい文章の書き方」をまとめた1冊。バズる、とは主にネット上で爆発的に広まることを指すが、本書では「みんなに好きになってもらう」ことを意味している。その上で、世間で人気のある物書きの書きぶりから、日常に応用できる文章テクニックを抽出。著者の三宅香帆氏は、書店アルバイト時代に書いた「おすすめ本の紹介記事」のブログにアクセスが集中し、サーバーが落ちるほどバズった経験の持ち主だ。
■ビジネス書の「隠喩力」
本書で取り上げられるのは、村上春樹や林真理子といった小説家をはじめ、松井玲奈や星野源のようなタレントの作品など実に多彩だ。
当ひらめきブックレビューでも過去に取り上げたユヴァル・ノア・ハラリ著『ホモ・デウス』も俎上(そじょう)に載っている(2018年10月の『押さえておきたい良書』参照)。著者が注目するのはハラリ氏の「メタファー(隠喩)」だ。
「グーグルやフェイスブックなどのアルゴリズムは、いったん全知の巫女(みこ)として信頼されれば、おそらく代理人へ、最終的には君主へと進化するだろう。」
上記は『ホモ・デウス』からの抜粋だが、ここに使われている「巫女」「代理人」「君主」というメタファーが秀逸なのだという。なぜなら、「グーグルやフェイスブックはあなたに個人的なアドバイスをよこす存在から、みんなの行動全体を操作する存在に変わる」ということを、手早くかつ分かりやすく伝えているからだ。
また、『ブルー・オーシャン戦略』『影響力の武器』など、一世を風靡したビジネス書にはメタファーが使われているものも多い。イメージを素早くかつ印象的に手渡すことができるメタファーは、記憶に残りやすいし周囲の人にも「口コミ」しやすい。そこで、時間に追われるビジネスパーソンの心をわしづかみにしているのだ。
■こんまりの「豪語力」
「片づけのプロ」こと近藤麻理恵氏(通称:こんまり)の文章にも、読み手をひきつけるテクニックが駆使されているという。
例えば以下のようなくだり。
「一度でいいから『完璧』に片づけてしまうことをおすすめします。『完璧』と聞くと、『それは無理です』と身構えてしまう人も多いかもしれませんが、心配はいりません。なぜなら、片づけはしょせん物理的な作業だからです。」
「完璧」というワードを出した後、すぐさま「心配はいらない、なぜなら……」と切り替える。つまり、自分の言いたいことは100%断言したうえで、アンチに対するフォローをさっと差し入れているのだ。こうして反論を「片づけ」ながら読者を説得させていく腕っぷしの強い文章力を、著者は「こんまりの豪語力」と評している。
「読み手にとっての面白さとはなにか?」の核心にも迫っている本書。一読すれば「バズる」ところまで行かずとも、魅力ある文章を書けるようになりそうだ。
情報工場エディター。8万人超のビジネスパーソンをユーザーに持つ書籍ダイジェストサービス「SERENDIP」エディティング・チームの一員。埼玉県出身。早大卒。