
自分らしさを社会の中で見いだしていくには? 夢を実現させる具体的な方法は? その明快な答えがミシェル・オバマの生き方にあった。
米国前大統領夫人ミシェル・オバマによる回想録『マイ・ストーリー』(長尾莉紗・柴田さとみ訳)は、世界で1000万部を突破したベストセラーだ。シカゴの労働者階級に生まれた黒人の女の子が家族の愛情に支えられ、人種差別の壁を乗り越えてファーストレディーになった軌跡の華々しさだけが本書の魅力ではない。マイノリティーゆえに味わうアメリカの光と影も、一人の妻として母としてもがき続ける素顔も、驚くほど実直につづられている。
彼女は人生の岐路に立つたびに、折り合いをつけながら新たな道を選択し、いっそう輝いていった。その知恵と勇気の源はどこにあるのだろうか。
■私はどんな人間になりたいんだろう?
オバマとミシェル。ふたりの出会いは運命的だ。弁護士であったミシェルは、学生インターンの教育係を引き受ける。そのときのインターンがバラク・オバマその人だった。
理想の世界に向けて社会を変えようと努力するバラクの壮大なビジョンを前に、ミシェルの価値観は揺らぐ。「私はどんなふうに世界の役に立ちたいんだろう?」。彼女は高給のエリート職を捨て、地域に眠る若い才能を発掘する非営利活動に没頭するようになった。
実は彼女は小学校2年生の頃、鉛筆や消しゴムが宙を飛び交うような、すさんだクラスで授業を受けていたことがあった。集中して学べる環境ではなかったが、母親が学校に働きかけてくれ、自分を含めて数人が別のクラスに移ることができた。おかげで自らは充実した教育を受けられたが、ほかの生徒たちは劣悪な環境に残されたままだった。そのときの体験が彼女の原動力となっている。
一方、州上院議員となった夫バラクは多忙を極め、家を空けがちになる。寂しさを抱え、娘2人の子育てと仕事をがむしゃらにこなすミシェルは我慢の限界を迎え、夫婦のストレスは激しい形で表面化し始める。彼女はバラクを説き伏せ、ついに夫婦カウンセリングを受ける。夫のめざす道が、いずれ家族の絆も自分のキャリアも押し潰してしまうのではと不安にさいなまれていたミシェルだったが、カウンセラーは丁寧な問いかけで「なぜそのように感じるのか」を丹念に考えさせた。
徐々に彼女は、家族はかくあるべきだといった心のとらわれや思い込みこそが自分自身を苦しめていたと悟る。夫が政治家を辞めなくても「自分がもっと幸せになる方法はいくつもある」と気づいた彼女は、バラクの夢を共有しながら、大きな目的に向かって羽ばたき始める。
■2人の娘の母は、世界中の娘の母となる
仕事を諦め大統領夫人となったミシェルは、その立場を最大限に生かし、貧困や差別などで教育を受けられずにいる女子を支援する「レット・ガールズ・ラーン」などのプロジェクトを次々と立ち上げる。教育こそが自身の人生を変え、社会への道を切り開いた最大のツールだという信念からだ。
女性歌手に呼びかけ、キャンペーンソングをリリースするなど、アイデアあふれる取り組みは、大勢の関心をひきつける成果を生んだ。また地元ではホワイトハウスに女子生徒を招き、進路指導など手厚くサポートした。「もし誰かが自分の成長や発展に心から関心を抱いてくれたなら、それはとても大きな力になる」ことを、自身の経験で知っていたからだ。
「これまでの私」と「新しい役割」を一致させ、自分も周りも輝かせるミシェル・オバマの生き方は、社会に生きる私たちの大きな指針となるはずだ。
情報工場エディター。海外経験を生かし自宅で英語を教えながら、美術館で対話型鑑賞法のガイドを務める。ビジネスパーソンにひらめきを与える書籍ダイジェストサービス「SERENDIP」エディティング・チームの一員。慶大卒。