漫才コンテスト番組「M-1グランプリ」を制した錦鯉、コントの「キングオブコント」で優勝したバイきんぐ、1人芸の「R-1ぐらんぷり」覇者のハリウッドザコシショウとアキラ100%。彼らは全員がソニー・ミュージックアーティスツ(以下SMA)の所属だ。「お笑い3冠」を獲得したSMAのお笑い部門を約20年前に立ち上げたのは、第3マネジメント本部 制作2部部長の平井精一氏。『「芸人の墓場」と言われた事務所から「お笑い三冠王者」を生んだ弱者の戦略』(日本能率協会マネジメントセンター)を書いた平井氏に、SMA流の芸人マネジメント戦略を教わった。(前回の記事<「お笑い3冠」のSMA 後発事務所が吉本に勝てた理由>)
東京メトロの千川駅(東京・豊島)から歩いてわずか1分の場所に、SMAの自前劇場「Beach V(びーちぶ)」はある。劇場はビルの地下だから、うっかり見逃してしまいそうだが、お笑いライブに集まる観客や出番を待つ芸人の醸し出す雰囲気があり、何となく「ここだ」と分かる。劇場にはそういう「気配」が漂うものだ。
劇場は約50席でスペースとしてはそう広くはない。しかし、その濃密さがかえって芸人との距離を縮めてくれる。今ではテレビで見慣れたSMA所属芸人たちもこの舞台を踏んで、腕を磨いた。ここをホームグラウンドに育ってきたハリウッドザコシショウに至っては、ほとんど住み込みのような感じで劇場と生活を共にしていた時期があるという。
ルールは「お客さんの投票で順位を決める」
平井氏が劇場のルールに据えているのは「分かりやすい実力主義。お客さんの投票で順位を決める」という方式だ。一般的なお笑いライブハウスの場合、演出の一環で人気投票が取り入れられることはあっても、運営の柱にはなっていないことが多い。観客は有料でチケットを買っている消費者なので、「楽しんでもらう」というサービスを受ける立場だ。
しかし、「Beach V」は位置付けが異なる。この劇場は芸人が新ネタを披露する場だ。見方を変えれば、観客から「受けるか、受けないか」という形で審判を受ける場でもある。拍手の量や笑い声の大きさでも反応はうかがえるが、「Beach V」はもっとシビアで観客が投票する仕組みだ。「誰もが納得するのは、観客の投票。これ以上のものさしはない」(平井氏)
毎月の定例ライブ「SMAトライアウトライブ」は今年、通算200回を数える。所属芸人が2カテゴリーの各6クラスに分かれ、昇格・降格を競うシステムだ。投票の多かった上位5組が昇格し、少なかった5組が降格。観客のジャッジがそのままSMA内でのポジションに跳ね返り、注目度や扱いにも差が出てくる。「いったん受けても、ずっと同じネタでは許されない。新ネタをかけ続けることが生き残りの条件」と、平井氏は芸人の足踏みを認めない。