アート市場が好調だ。世界的な金融緩和の影響を受け富裕層が余剰資金の運用対象として購入するほか、20〜30代の若いコレクター層も増えているという。オークション運営のシンワワイズホールディングスは、メタバース空間を利用した芸術作品の提供を本格的に始めた。海外在住の愛好家も容易にアクセスでき、「Z世代」も将来の顧客層として取り込む。倉田陽一郎社長に取り組みの内容と見通しを聞いた。
――個人資産が豊かな富裕層に加え、若いベンチャー起業家や会社員らがアート作品に投資しています。
「日本のアート市場は現在30年ぶりのブームともいえる状況が続いています。オークション会場での参加や電話入札に加え、新型コロナの影響でリアルタイムでのネット入札が主流になりつつあり、我々も2021年から本格的に運用しています」
「アート市場はこれまでマクロ経済の動向に大きく左右されてきました。私自身、外資系金融機関などを経て01年にアートオークション会社を引き継いだ後に、08年のリーマン・ショックで痛手を負っています。一時的な流行が去ってもアート市場を支える新しい経済メカニズムが必要です」
――メタバース技術がアート市場を根底から変革する可能性を秘めているとして、江戸をチーフとしたメタバース空間「Edoverse(江戸バース)」を構築し、浮世絵美術館を開設しました。江戸時代の芸術作品を手軽に鑑賞したり、暗号資産(仮想通貨)を使い低価格で購入できたりするシステムですね。
「江戸バースは現代都市としての江戸を仮想空間上に構築するプロジェクトです。日本文化・芸術などの理解を促進しつつ、様々な新ビジネス育成や社会的課題の解決に役立てる狙いです。浮世絵美術館は扇子の老舗『伊場仙』(東京・中央)と提携し、立体的な江戸を演出しつつ写楽や歌重らの浮世絵を楽しんでもらう空間です。美術館に足を運ぶ必要はなく、入場の時間待ちもありません。社会風刺・武士・春画などテーマ別に分類して20作品ずつ、合計100作品を順次掛け替えながら展示します。購入を希望する絵画を1枚2000〜3000円程度で提供する予定です。浮世絵は現実世界では数十万円、保存状態の非常に良い有名絵師の作品ならば数千万円する場合もありますが、デジタルアート化したメタバース空間上ではアートファンは安価に購入できます」
――23年末にかけて近世から現代画家までの作品を順次公開していく計画です。
「浮世絵美術館は具体的な設計を3Dスペースクリエーターに依頼し、4カ月・約500万円で完成させました。ひとつのフォーマットが出来上がったので、今後はよりスムーズに各ジャンルの美術館を開設でき、入場者はそれぞれ自分のアバターを通じて鑑賞することになります。現代作家では加山又造(1927〜2004)の作品を取り上げる計画です。米メトロポリタン美術館で『江戸時代における琳派の正当な継承者』とされ、海外からの注目度も高い日本画の巨匠です」
――Z世代は現在は商品購買の中心ではなくとも、5〜10年後には主要な消費者層に成長します。
「私はZ世代の子供の父親ですが、1960年代半ば生まれの自分と大きく違う点はモノ・カネへの執着があまり見られない点です。以前、実業家の前沢友作氏が購入した現代アートのバスキア作品を、アート自体はたたえても約120億円(当時)という価格にはさほど興味を示しませんでした。メタバース上では高額なアート作品をシェアリングして所有する形が可能です。かつて上海在住のコレクターがモディリアーニの作品を約250億円で落札しました。Z世代は1億人がひとり250円でシェアすることにさほど抵抗感はなく、そのコミュニティーの中で皆で楽しむことができるでしょう」
「Z世代はSNS(交流サイト)などを通じて自分だけの情報源確保にも熱心です。日本のアート作品は、かつては百貨店の担当者や画商が富裕層に直接持ち込む形で価格を形成していました。80年代からはアートコレクターらによるオークション入札なども主流となります。今後はメタバース上のアート市場で小さなコミュニティーが数多く生まれ、公的な権威に頼ることなく自分たちの基準でクリエーターを評価し価格を決めるでしょう。それらの作家を応援する気持ちを込めて購入していく形になるとみています。メタバース上ならばZ世代をうまくアート市場に取り込むことが可能です」
――アート作品自体もメタバース空間で新しいジャンルが生まれると予想しています。
「現実世界では白いキャンバスに絵の具を使って作品を製作します。自由自在に素材を選べるわけではありません。ところが、メタバース上では重力の制約すら受けません。かつて宮崎駿監督の『風の谷のナウシカ』に登場する飛行装置『メーヴェ』の開発を、メディアアーティストの八谷和彦・東京芸術大准教授が手掛けました。構想段階から10年以上経て完成しましたがメタバース上ならば比較的短期間で完成させアート作品として評価されるでしょう」
「デジタル技術の飛躍的進歩で、将来人生の3分の1をメタバース上で過ごす時代が来るかもしれません。その時アート作品は人々にとって欠かせない癒やしを与えてくれると思います」
(聞き手は松本治人)