国連機関が2022年に世界の民間企業などから調達した物資やサービスは295億8700万ドルに達する。日本円で4兆円超規模の巨大な「市場」だ。日本製品や技術への信頼は厚く、輸送機器や医薬品・医療機器などを長く供給してきたが、22年の調達額は約1億ドル(約140億円)と供給国の中での順位は56位、割合にしてわずか0.3%にとどまっている。23年10月16〜18日に開催される「第10回日経・FT 感染症会議」は、感染症分野で企業が事業を続け、イノベーションを起こす1つの道として国連や新興国・途上国の政府などの公共機関による調達に注目する。調達に参加するためのイロハや最前線の動きのほか、企業の取り組み事例から参入へのヒントを探った。
約40の国連機関から年4万件超の案件
アフリカ西部、シエラレオネ。紙飛行機のように真っ白なドローンが曇り空に向かって飛び立つ。ドローンなどエアモビリティーを活用した社会課題解決に取り組むスタートアップ、SORA Technology(ソラテクノロジー、名古屋市)が同国で実施するマラリア対策事業の実証実験だ。上空からドローンで撮影した水たまりの映像などを人工知能(AI)で分析し、ボウフラが繁殖するリスクの高い水たまりを特定して殺虫剤を散布する。
マラリアの世界の患者数は21年に2億4700万人、死亡者は61万9000人と推定される。アフリカが最も多く、シエラレオネも深刻な国の1つだ。マラリアは病原体を蚊が媒介して人に感染する。成虫の蚊を防除する蚊帳やスプレー剤に加え、注目されるのがボウフラ対策だ。ボウフラは水たまりで発生するが、発生する水たまりは限られる。これまではボウフラがいる水たまりに絞って殺虫剤をまくことが難しく、コストパフォーマンスの観点からなかなか対策が進まなかった。ソラテクは低コストで飛ばせるドローンを使って得たセンシングデータをAIで分析して効率的にボウフラを駆除する技術を開発し、新たな手法として国連調達を通じた展開を狙う。
洗剤や消毒剤を製造するサラヤ(大阪市)は新たに開発した「スナノミ症」の治療薬を国連調達で展開することを検討している。スナノミ症は原因となるノミが足に寄生することで様々な皮膚疾患などを引き起こし、死亡する場合もある病気だ。アフリカや中南米、インドなどで深刻な問題となっており、ケニアだけでも200万人が感染していると推測される。患者の多くは低所得層で、サラヤの開発した薬を直接購入することは難しい。「そこで動く手法として製品を提供する相手と代金をもらう相手を分ける。国連調達でビジネスとして成立させ、治療薬を普及させたい」と同社海外事業本部アフリカビジネス開発室の北條健生氏は説明する。
国連や新興国・途上国の政府などの公共機関による調達は「国際公共調達」と呼ばれる。「約40ある国連機関の調達だけで年間4万件超の案件が日々動いている」(国連調達に詳しい三菱 UFJ リサーチ&コンサルティングソーシャルインパクト・パートナーシップ事業部部長の小柴巌和氏)という一大市場だ。現地の人々向けの医薬品・医療機器や食料から、国連の職員が業務で使う事務機器などまで多様な製品・サービスが対象となる。うち、ワクチンなどの医療分野が4分の1を占め、「結核、マラリア、エイズの三大感染症や顧みられない熱帯病(NTDs)といった感染症のほか、生活習慣病などの非感染症領域も対象となっている」(小柴氏)。
日本は半分以上が二輪・四輪や部品
日本は22年に国連が調達した約1億ドルのうち、最多となる約5400万ドルが二輪車を含む自動車などの「モータービークル」や部品だった。
ヤマハ発動機はそこでアフリカやアジアの一部、中南米などに二輪車や船外機を展開している。歴史は古く、1960年代から同社がモーターサイクルや発電機などの各部門で海外市場の開拓を進めるなかで、新興国・途上国で活動する国連などの国際機関への認知度が高まり調達が始まった。アフリカで展開するのはエンジン排気量100〜200CCの小型のバイク。現地政府や国連職員の日常の足として、機構がシンプルでメンテナンスしやすいモデルが長く支持されているという。
一般向けの事業と異なり、疾病の流行などで緊急の需要が発生する国際公共調達は生産計画が立てにくい。ヤマハ発動機は専門商社が在庫を持つ形をとるが、常に社内でも密にコミュニケーションをとって急な調達にも対応できるよう体制づくりに力を入れる。「現地の職員が重視するのは、いかにプロジェクトが途切れなく実行でき、成功できるか。そのための機材を提供し続けるという信頼関係がもっとも重要だ」と海外市場開拓事業部の渡辺基記氏は話す。
地理や言語のハードル高く
国連などの国際機関が本拠を置き人材交流もある欧州の企業などと違い、「日本は地理的にも言葉の面でも国際公共調達に参入するハードルは低くない」(小柴氏)。厚生労働省は2022年、国内のヘルスケア分野の企業の参入を促すため、関連情報などを発信する「国際公共調達情報プラットフォーム」を立ち上げた。外務省も国際機関の担当者を招いたセミナーの開催を続けている。
インフラ整備や物資の調達・提供のプロジェクトを担う国連プロジェクトサービス機関(UNOPS)も18年に駐日事務所を開設した。UNOPSは調達に関して専門性を持つ機関として、関連するデータの取りまとめやアニュアルリポートの発行なども担う。日本でも世界各地で実施するプロジェクトについて政府やアカデミア、民間企業との連携・調整にあたるほか、SNS(交流サイト)を通じた一般向けの広報にも注力する。
駐日事務所の前川佑子所長は以前、別の国連機関でアフリカ東部の南スーダンに駐在していた。「日本の自動車や医療機器への信頼性は高く、一般の方々も日本のメーカー名を知っているほど浸透している」。21年にUNOPS駐日事務所の所長に就任して以来、日本の企業側にも国連調達への関心の高まりがみられると手応えを示す。「中立かつ公平な調達という原則は守りつつ、日本企業の優れた製品や技術を各国に紹介したいと考えている」
国連による調達に参加するには、国連機関の入札情報が掲載される国連グローバルマーケットプレイス (UNGM)のウェブサイトを訪ね、物資やサービスのサプライヤーとして登録することが最初のステップとなる。日本からは現在700社程度が登録していて、登録自体は無料。有料で、自社に合った入札情報がプッシュ通知で届くサービスもある。
とはいえこのサイトの情報を見て「ゼロから自社だけで進めるのは、国連の独特の商慣習やマーケットの動きがありハードルが高い」(小柴氏)。海外向けにビジネスを展開する際に現地の代理店と組む場合と同じように、欧州にある国連調達の専門商社の手を借りて動くのも選択肢だ。
R&Dのパートナーとして高い技術力への期待
日本企業が国際公共調達を目指すにあたって小柴氏が注目するのは、いま必要な製品やサービスではなく、国連機関が今後調達を検討しているモノやサービスに対する関心企業を募る情報だ。22年はUNGMに遠隔医療システムに関して同様の募集が掲載されたといい、「企業にとっては一種のマーケティングにつながる情報も得られる」と小柴氏は指摘する。
また、調達する側としても、日本に対して既存製品の質への信頼はもとより、新分野の研究開発(R&D)のパートナーとして高い技術力への期待が高まっているという。
ドローンを使ったマラリア対策事業を進めるソラテクも、国連調達で事業を拡大するだけでなく、将来はそこで得たデータを活用したビジネスや、新型コロナウイルス感染症のようなパンデミックをいち早く検知するような技術の開発を視野に入れる。国際公共調達は社会貢献とイノベーションをつなげる1つの解になるかもしれない。
(若狭美緒)