BizGateインタビュー/SDGs

東尾理子氏×SDGs 妊活前の教育からジェンダー平等で

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日本経済新聞社と日経BPは2022年12月5~10日、SDGs(持続可能な開発目標)の達成に向けた取り組みを共有・議論するイベント「日経SDGsフェス日本橋 2022 WINTER」を開催する。12月9日の「ジェンダーギャップ会議」基調セッションには、プロゴルファーで「妊活研究会」主宰の東尾理子氏が登壇。女性やカップルが自身の身体や健康と向き合い将来設計に役立てる「プレコンセプション(受胎前)ケア」を巡り、国際医療福祉大学大学院教授で山王病院名誉病院長の堤治氏らと議論する。企業への働きかけもするという妊活研究会での活動やSDGsについての思いなどを聞いた 。

■自ら考案TGPは「妊娠しようとがんばっている」の意味

――2021年10月、「株式会社TGP」を設立し、代表取締役に就任されました。社名とした「TGP」は、ご自身でお考えになった造語だそうですね。

東尾氏(以下敬称略) はい。不妊治療という言葉が普及していますが、「不」とつくと「何かが足りない」と言われているようでマイナスイメージがありますよね。

そうではなく、"Trying to Get Pregnant(編集部注:Pregnantは「妊娠した」の意味)"。「妊娠しようとがんばっている」と表現してもらえたらうれしいなぁとこのフレーズを考えました。そこから頭文字を取った略語が「TGP」となります。だから社名も、当事者である私自身の思いを込めたTGPとしました。

■ピアサポートで心を支えたい 

――妊活研究会を立ち上げた狙いや活動について教えてください。

東尾 かつての自分と同じように、妊娠に向けてがんばっている方々を応援したい。そう考え、まずは個人的なボランティアとして妊活のサポートを始めました。

いまと違って、以前は体外受精や人工授精は(健康保険が適用されない)自費治療だったので、金銭的な負担も結構大きかったです。ただ、お金の面のお手伝いというのは、なかなか難しい。

一方で、心のケアという部分では、私にできることがあるかもしれないなと思ったんですね。私は大学時代も心理学で(編集部注:米フロリダ大学心理学科卒)、カウンセラーになりたいと思っていた時期もあります。そこで、皆さんの心のサポートをさせていただければ、と考えたのが出発点です。

やはりあの、妊娠治療中は精神的なストレスも大きくて、生産性がすごく下がってしまうんですね。そんなときに、ピアサポート(仲間同士の支え合い)と言いますか、「仲間がいる」ということが大きいのではないかと。

この1年間、平日は毎日、オンライン会議システムなどを使ってメンバーの皆さんとお話する機会を設けてきました。リアルのお茶会も月1回程度、開いています。悩みを吐き出すことで「ストレスが軽減されて夫婦ゲンカが減った」とか、他の方のお話を聞いているだけでも「自分1人じゃないって励まされた」といった声が聞かれ、少しずつですがお役に立つことができているようです。メンバー同士の横のつながりも自然に生まれていて、独自に自分たちで交流の場を持つ方もいらっしゃいます。

■専門医らと連携 「妊活は短く、子育ては長く」

――会員制のコミュニティとして、専門家らと組んだ様々な活動もあるようですね。

東尾 はい。たとえば、生殖医療の専門医の先生方と私が対談させていただき、それを動画にしてメンバーが都合の良いときに視聴できるように提供しています。また、栄養学など関連する領域の専門家の方々を講師にお迎えして講座も開いています。私も皆さんと一緒に勉強しながら、質問が出た際は講師の方につなぐなど司会のような役割を担っています。

いまは治療法が急速に変化しています。私が治療した約10年前にはなかった、新しい治療法がどんどん出てきて、それらを選択できるようになってきているのです。けれど、妊活を望む方の知識や情報が十分に足りていないと、流れに乗り遅れて選択さえできなくなってしまいます。せっかくの技術を使えないのはもったいない。

――ご自身の経験も踏まえて、お若い皆さんに伝えたいことがあるそうですね。

東尾 声を大にして、お伝えしたいことがあります。平均寿命が延びて長寿化の時代になりました。けれど、錯覚しがちですが、妊娠適齢期も長寿化した訳ではありません。

いま、男性の100人に1人は無精子症だといいます。女性の方も、「自分は生理が周期的に来ている」からといって、望めば妊娠できるとは限らないのです。後になって、がっかりしたりショックを受けたりすることがないようにするうえでも、様々な専門家の方々と組んで、皆さんに正しい知識を持っていただくためのお手伝いをしたいと考えています。

「妊活は短く、子育ては長く」が大切だと考えます。妊活する時間が短ければ短いほど、子育てに割く時間を増やせるからです。正しい知識や最新の情報があれば、妊活で医療の力が必要になった場合も、「この治療法ならあそこの病院」など自分に合った方法で妊活を進めやすくなるのではないでしょうか。

■不妊治療による離職の実態、経営者らに伝える活動も

――妊活研究会では、企業への働きかけもしているそうですね。

東尾 不妊治療は離職率を高める一因ともなっています。けれど、プライベートのこととあって、ご本人がそれを離職の理由として伝えていないケースが多く、会社も実態が分かっていない場合が多いです。

このため、経営者ら企業幹部の方に「こういう現状がありますよ」とお伝えする啓発活動をしています。

一方で、職場のチームによってはメンバーの中に「自分は子どもを持つつもりはない」という人がいることも。ダイバーシティの観点からすると、「TGPの人だけ、通院で休暇を取って不公平だ」など不満が出ることもあると聞きます。そのあたりのシステム設計をお手伝いさせていただくケースもあります。

――様々な活動がありますが、妊活研究会のゴールは。

東尾 一連の活動を私たちが手がけなくても済むような社会が来ることです。いまは性別を問わず、生殖機能のことをはじめ自分の身体について知らないことがある人が意外に多いのではないでしょうか。

健康という観点からも、プレコンセプションケアという考え方がもっと行き渡っていい。人の考えは変わることもあります。一人ひとりが先々の自分の選択肢を広く保持しやすいように、早くから準備できる社会になるといいなと思っています。そんな考えもあり、いまは「性科学」と訳されるセクソロジー(SEXOLOGY)を普及させる活動もお手伝いしています。

■SDGs、目標5「ジェンダー平等を実現しよう」に注目

――SDGsについては、どんな風にとらえていらっしゃいますか。

東尾 当たり前のことを当たり前にやっていればSDGsの貢献につながるのではないかな、と思っています。たとえば、水を大切にするとか、洗剤も少なく使うとか、できることは既に生活に取り込んでいます。

一方、まだまだ私たちが暮らしの中から努力していった方がいいこと、として注目しているのが目標5の「ジェンダー平等を実現しよう」です。

先ほど申し上げた、セクソロジーを普及させる活動はユネスコ(国連教育科学文化機関)のガイドラインに沿ったもので、一言でいえば生殖教育です。10代や20代の若者向けにその発信をしていくにあたり、「いろんな性のトピックを男女差なく話せるように」と正にジェンダー平等を意識してコンテンツを作成しました。

そもそもは不妊治療の啓発だけを考えていました。けれど、やっぱり、そこをしっかりやろうとすると、セクソロジーに関わる話を避けて通れないんですね。生殖器にまつわる話題も含め、一つ一つタブー視されているようなことも性差なく話し合える社会が来るといいなと思っています。

■頑張っているのに… 長い妊活に悩んだときは

――妊活を頑張っている方や長く悩まれている方に、よく伝えるアドバイスがあるそうですね。

東尾 はい。「子どもが欲しい」っていうのには何種類かあると思っていまして。たとえば、自分と配偶者の遺伝子を残したいという人もいれば、妊娠・出産を経験してみたい、という人もいるかもしれません。そうではなく、「子どもと一緒に生活する家族というのをつくってみたい」という人もいるでしょう。

さて自分はどれだろうと改めて考えてみてほしいのです。なんとなく「それは違うな」とか思い当たるのではないでしょうか。

これをご提案するのは、理由によって「解」が異なる可能性が高いからです。最初の、「遺伝子を残したい」というのであれば、本当に生殖医療にこだわらなければならない。ただ、たとえば三番目の「子どもと一緒に生活する家族」を望んでいるのだと分かれば、養子縁組という可能性も広がってくる。迷ったときに、改めて「何を自分は望んでいるのか」を眺め直せれば、「それなら自分にはこの治療が必要だ」とか、「こんな選択肢もありそう」とか決断していきやすいように思います。

■母とゴルフが教えてくれた 悲愴感なく現実と向き合う方法

――いまでこそ3人のお子さんを育てていらっしゃいますが、ご著書で明かしていらっしゃるようにご長男誕生までには、7回の採卵を経験されました。出口が見えないなか、悲愴(ひそう)感や絶望感にとらわれずに、「明るく前を見続ける」ことができたのは何か理由がありますか。

東尾 私、ゴルフを一生懸命練習したのですが、結果として大きな試合で優勝したことはないんですね。不妊治療もがんばったけれど、がんばったからといって必ずしも子どもを授かるものではない。「結果がすべて」の世の中だけれど、努力しても結果が伴わないことは多々あるわけで……。

物事の事実は変えられないです。けれど、見方によって事実の捉え方というのは変わってくる、とどこかで思っています。たとえば、私が大好きなブラッドオレンジジュースを少しだけコップの中に飲み残していたとしますね。人から見たら「あ、嫌いだから残してるのかな」って思うかもしれません。けれど、私自身は「大好きだからこそ、最後の最後、席を立つ前にこの一口をクイっと飲んで終わりたい。そのために残している」と心の中で思っているのかもしれない。

そうした状況と同じように、目の前のキツイ出来事も捉え方次第で別な見方が成り立って、自分にとってプラスを与えてくれる何かに置き換えられるかもしれないですよね。だから、「結果ではなく、過程こそが大切なんじゃないかな」といつも思っています。後で振り返ったときに「自分の人生にとって〇〇は大切なことだったのだ」と納得感を持って受け入れられる自分でありたい。そう考えています。

何事も、肯定的に受け止めようとするようになった理由ですか? 1つはゴルフですね。一つ一つのショットの良しあしをいちいちひきずっていたら、とてもプレーができませんから(笑)。

もしかしたら、母の影響もあるでしょうか。母は強烈なタイプの人ですけれど(笑)、私が傘を忘れてくれば「財布をなくさなくて良かったね」と言い、財布を落とせば「命をなくさなくて良かったね」と言うようなタイプの人です。そんな風にして、常に物事の明るい面を見ることを教えてくれたように思います。だからでしょうか、私、ストレスも多分すごい少ないんです。

(聞き手は佐々木玲子)

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