半導体ミライ・アライアンス

経済安全保障のカギ握る半導体 高まる日本への期待 東京大学大学院教授 黒田忠広氏に聞く

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半導体が世界の経済や安全保障を左右する先端部品としてますます重視されている。あらゆるモノがインターネットにつながる「IoT」、人工知能(AI)向けなどに需要が膨らみ、世界の半導体市場は2030年に21年比で2倍の1兆ドル(約150兆円)に拡大するとの予測もある。新たな成長期を迎えて日本経済新聞社では、日本の半導体産業の未来を考えるプロジェクト「半導体ミライ・アライアンス」を発足させた。同アライアンスの有識者メンバーで、東芝で半導体開発に携わった経験も持つ東京大学大学院教授の黒田忠広氏に、日本の半導体産業の展望と課題を聞いた。

物理・仮想空間の高度な融合で需要増

――日本の半導体産業を自身の経験と照らし合わせてどう見ますか。

「私は1982年から2000年まで東芝で半導体事業に携わってきました。日本の半導体産業が強かった時期です。その後、大学に移り、半導体について23年間教えていますが、これは日本の半導体産業がどんどん弱くなっていった時期と重なります。半導体一筋で半世紀。良い時期も悪い時期も、業界の中からも外からも見てきました」

「産業史として厳密に見ますと、3期に分けられます。第1期は日本が本当に強かった1995年頃まで。半導体は当時、主にテレビやビデオデッキなど家電製品に使われていました。日本はトランジスタラジオから始まり、半導体を家電製品に利用することでは世界をリードしてきました。日本の家電製品そのものが強かったわけで、日本の家電市場は世界をリードしていました。日本で売れれば世界で売れた時代でした」

「95年以降の第2期にはマイクロソフトの基本ソフト(OS)『ウィンドウズ95』が登場してパソコンが普及。半導体がIT(情報技術)分野で多く使われるようになりました。第1期で半導体は家電製品を通じて物理空間を豊かにしましたが、第2期ではパソコンやスマートフォンを通じて仮想空間に活躍の場を広げました。これにより半導体市場の世界の名目GDP(国内総生産)比率は0.2%程度から95年以降0.4%に上がりました」

「そして新型コロナウイルス禍の頃から第3期に入りました。物理空間と仮想空間を高度に融合させる動きです。車の自動運転技術、スマート工場など、AIやデジタル技術で社会課題を解決するスマート社会へと向かっています。大量のデータをセンサーで物理空間から集め、現実の空間を仮想世界で再現する『デジタルツイン』で高度に計算し、シミュレーションしながら最良最適の未来を選び、それを実現させるためにパラメーターを物理空間に戻して制御する、といった仕組みの社会で新たな半導体の需要が生じています」

大量のメモリーを必要とするAI

――第3期に入り、半導体の世界需要はどのように推移すると予想しますか。

「世界の半導体市場は2030年までに21年比で2倍の1兆ドルになるとの予想があります。見通しは非常に明るい。背景にはスマート社会の実現に向けてAIの普及が進むとの期待があります。AIは大量に半導体を使います。特にメモリーはどれだけあっても足りません。米エヌビディア(NVIDIA)がAI向けに最適化した高性能GPU(画像処理半導体)『H100』は、価格が高騰して取り合いの状況です。メモリー容量が大幅に増えた『H200』が発売されましたが、これで対話型AI『Chat(チャット)GPT3.5』の推論性能が拡大に向上しました。このことが意味するのは、AIもメモリーがボトルネックだということです。AIの性能を高めるためにメモリーは特に売れる可能性があります」

「世界では今、分断が起きています。ウクライナやパレスチナでの戦争、台湾有事への懸念などのリスク要因が増え、まず安全保障の観点から半導体の重要性が高まっています。さらに気候変動が深刻化する中で、デジタルトランスフォーメーション(DX)はグリーントランスフォーメーション(GX)を伴わなければなりません。地球環境を守ることも半導体の中心テーマになるわけです。第3期の成長局面は一過性のものではなく、これから四半世紀、半世紀の長きにわたって続くと予想しています」

――第2期に日本の半導体産業が韓国や台湾に劣後した理由は何だったのですか。

「半導体の事業規模が大きくなり、日本の総合電機メーカーの経営では立ち行かなくなったからです。世界で競争に勝ち続けるには、1兆円規模の投資を継続することが必要になってきました。そうなると米巨大テック企業群『GAFA』くらいの資本力がないと巨額投資を続けられません。サムスンなどの韓国企業は財閥系なので、オーナー経営者が『ここは我慢して投資を続けろ』と言うことができました。半導体事業はマグロ漁に似ており、シリコンサイクルの過程ではもうからない『不漁』の時期が必ず来ます。日本の総合電機メーカーの中に組み込まれた半導体事業では、もうからない局面になったとき、投資を続けられませんでした」

国を挙げての産業化に新たな強み

――今の日本の半導体産業の強みと課題は何ですか。

「国を挙げての半導体産業になったことが強みです。1兆円を超える投資を要する事業は民間企業だけでは戦えません。家電やIT製品とデジタルインフラを融合する時代になり、半導体向けに民間投資に加えて公共投資が入ってくるようになりました。経済安全保障の観点からも日本政府は覚悟を決めて半導体産業の強化に取り組む姿勢に変わりました」

「さらに日本には半導体事業をサポートする産業エコシステムがあります。そうした産業基盤を活用できるのは世界でも日本のほかに、米国、台湾、韓国とドイツくらいしかありません。その中で台湾と韓国は地政学的リスクが高い。だから日本での半導体産業の成長に世界の期待が集まるのです。半導体受託生産最大手の台湾積体電路製造(TSMC)が熊本県で24年の稼働開始に向けて工場新設を進めているのも、電気や工業用水、労働力、関連事業会社などサポートしてくれる非常に広範囲の産業エコシステムが九州地方に備わっているからです。日本が世界で果たせる役割と連携への期待は大きくなっています」

「政策の継続性も課題です。半導体事業は今後10年、15年と投資を継続していくことが重要です。政権が交代したり、関係省庁の担当者が3〜4年で人事異動したりするたびに政策が変更されるようでは、継続性が担保されません。そのためにも半導体事業について長期にわたる国際連携が必要です。日米や日台などの国際連携を進めることが、政策の継続性を維持するための最良の方法になります」

――人材育成も課題です。どのような方策を進めるべきでしょうか。

「半導体人材を考える場合、半導体を作る側だけでなく、使う側の人材も意識すべきです。日本に最先端の半導体工場を作っても、どんな製品を作るかという知恵が足りないと、単に工場拠点で終わります。日本は工場さえ持てばいいのか、それとも半導体を利用する国になりたいか、ということです。使う側の人材としてはDXやGXなどに関わる幅広い人が必要です。人材を奪い合っている場合ではなく、半導体人材を10倍に拡大することを考えなければなりません」

AIに続き半導体でも「民主化」を起こす

「半導体人材を増やすためのキーワードは『民主化』です。最近の民主化の例としてAIがあります。従来はデータ分析などに使われるプログラミング言語『Python(パイソン)』を使いこなせるコンピュータのプロだけがAIを利用できました。それが22年にチャットGPTが登場し、パイソンを知らなくてもパソコンさえ使えれば、AIと対話し利用できるようになったのです。この民主化によってAIを使う人口が一気に増えました。同じことを半導体でも起こす必要があります」

「現状では、米インテルやエヌビディアの汎用半導体が誰でも使える仕様であっても、そのままではエネルギー消費の無駄が大きい。グリーン(環境)対応にするには個別に作り込まなければなりません。GAFAや米電気自動車(EV)大手テスラなどはグリーン対応にするために自ら半導体を作り始めました。しかし、それは専門の設計者を100人集めて1年間働かせ、100億円を投資する規模の事業になります。このため日本では半導体設計がしにくくなっています」

「そこで、東京大学がこのほど始めた『アジャイルX』プロジェクトでは、10人がインターネットを通じて協業し、1カ月程度で個別用途の半導体を作れるようにしています。設計を『80点主義』にして速く作れるようにします。学生や研究者が自分のチップを1カ月で設計できるようにし、彼らが半導体技術をサイエンスのために使う『シリコン・フォー・サイエンス』という取り組みです。これは20〜30歳くらいの若い学生や研究者を中心に次世代の半導体人材を増やしていく戦略になります」

現役世代のリスキリングと女性の人材育成

――現役世代のリスキリング(学び直し)についてはどうでしょうか。

「過去の四半世紀、日本の半導体産業が右肩下がりで未来がないということで、現在の30〜50代の人材が(半導体産業に)入りませんでした。そうした世代を主な対象にして23年8月、半導体分野に特化した人材育成拠点『福岡半導体リスキリングセンター』が福岡市に開設されました。入門編から製造の前・後工程やパワー半導体まで学べる内容で、eラーニングによる配信もします。学習歴の証書を取得すれば半導体関連企業への転職や就職がしやすくなります。eラーニングによる学習費用を福岡県が補助する仕組みも整えています。この取り組みへの協力に大学関係者としても力を入れていきたいと考えています」

「さらに取り組みたいのが女性の半導体人材の育成です。今の半導体工場は中に人がほとんどいません。人は工場内の様々なセンサーが吸い上げたデータを分析し管理します。その分析・管理業務は在宅勤務で行われることも多いのです。そこで重要なのはデータサイエンスの資質であり、女性こそが向いている仕事とも思えます。国際連携の業務でも女性の活躍を期待します」

――このほど始まった「半導体ミライ・アライアンス」の意義は何ですか。

「日本社会全体で、人材教育の観点も含め、半導体についての幅広い議論を促すことです。半導体はもはや事業当事者だけでなく、社会全体の問題です。過去25年間、若い人たちは半導体産業には未来がないと見なして近づきませんでした。しかし、今は逆風が順風に変わり、これから日本の躍進が始まります。抜け落ちた世代のリスキリングを進め、若い人材を集め、次の世代に日本の半導体産業を引き継がなければなりません。そのための課題や解決策について業界関係者だけでなく、幅広い分野の人たちと議論を重ねていきたいと考えています」

(聞き手は池上輝彦、原田洋、撮影は矢後衛)

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