日経BizGate読者の皆さんは、ウェルビーイングの3つの側面、つまり身体的、精神的、社会的な側面におけるご自身の良否を点数化できるでしょうか。前回、触れた身体的なウェルビーイングは、「体調がよく、元気を感じる」とか、「コンディションが良く、食べ物がおいしく、良く眠れる」といった点から評価することができるでしょう。
ウェルビーイングの精神的、社会的側面の点数は?
精神的な側面と社会的な側面では、最高を10点、最低を1点とした場合に、何点くらいになるでしょうか。例えば精神的なウェルビーイングは、「前向きでやる気に満ちている」とか「挑戦したい、創造性を発揮できそうだと感じる」とか、「笑顔が絶えず、活気がある」といった例示ができます。一方、社会的なウェルビーイングでは「職場の仲間がいる」、「やりがいのある仕事がある」、「経済的に心配がない、あるいは豊かである」、「家族や友人に囲まれていると感じる」といった点で自己評価できると思います。
このウェルビーイングの点数を講演や研修の度にお尋ねしているのですが、3つの側面ごとの点数を6点とか8点とか、すんなりと回答できる方がほとんどです。しかし、ご自身のウェルビーイングのレベルを日ごろから意識している人は極めて少ないのです。一方、点数が良い人はその背景を語ることができるものの、悪い人はその原因を意識できても解決は難しいものです。
在宅勤務の開始前と開始後、そして在宅勤務の頻度の変化に応じて、ご自身のウェルビーイングが3つの側面でどのように変わってきたのかを、これを機会に考えてみると良いのではないかと思います。
メンタルヘルスに影響する社会的な側面としてのコミュニティー
新型コロナウイルス禍を経て、いわゆるうつ病や不安障害といったメンタルヘルス不調に悩む人の世界的な増加が、専門家や専門機関により指摘されてきました。国内でも警察庁と厚生労働省が公表する自殺者数が2020年から増加に転じ、就労する世代、特に若い年齢層と女性でその傾向が顕著になっています。
在宅勤務を中心とするテレワークの心身の健康影響に関する包括的な分析はいまだ明らかではないですが、厚生労働省の「テレワークにおけるメンタルヘルス対策のための手引き」(22年3月)によれば、「上司、同僚とのコミュニケーションの不足による孤独感・孤立感を感じること」などが、在宅勤務における働く人のメンタルヘルスに影響する課題として指摘されています。
毎年1回は受検するチャンスのあるストレスチェックでは、標準的な質問項目から、大まかに職場のストレス要因、心身の状態と症状、周囲のサポート、仕事と家庭生活の満足度の4つを確認します。理論的には「ストレス要因が心身の状態と症状に影響するが、周囲のサポートによって影響が和らぐ」と解釈されます。このうち、周囲のサポートに関する具体的な質問は、次のようなもので「非常に」から「全くない」の4つの選択肢からその程度を回答します。
1. 上司 2. 職場の同僚 3. 配偶者、家族、友人等
●あなたが困った時、次の人たちはどのくらい頼りになりますか?
1. 上司 2. 職場の同僚 3 配偶者、家族、友人等
●あなたの個人的な問題を相談したら、次の人たちはどのくらいきいてくれますか?
1. 上司 2. 職場の同僚 3. 配偶者、家族、友人等
そして、これらは社会的なウェルビーイングを尋ねる質問と読み替えることができます。
他方、ここに挙げられている上司と同僚は職場というコミュニティー、配偶者や家族は家庭というコミュニティー、友人等はそれ以外の私的なコミュニティーであり、そのコミュニティーの良否が我々の感じる社会的なウェルビーイングに表れていると捉えることができます。
新型コロナの5類への移行を契機に身近なコミュニティーの充実を!
東アフリカに起源を持つ人類は20万年余りの歴史のうち、孤立して生きることはできず、ほとんどの時間を100人から150人の集団、つまりコミュニティーの中で暮らし、生き延びてきました。農耕生活は地域ごとに5000年から最長でも1万年ほどの長さしかなく、高度情報化社会に暮らす我々の遺伝子は生物学的には狩猟採集生活の頃と変わりがないと考えられています。余談ですが、メタボになりやすい人は飢餓に強いタイプではないか、という医学的な仮説が古くからあるくらいです。
残念ながら職場コミュニティーは令和時代になって劣化が著しいと思います。昭和時代の家族的な職場は消失し、職場の飲み会を嫌がる若手や女性の人が少なくありません。パワハラ、セクハラに関する措置が義務化され、個人的な情報を聴取してはならないルールが浸透した職場も少なくないことでしょう。退職した人が集まるようなOB・OG会が続く企業は皆無に近いのではないでしょうか。
5月8日から感染症法等における新型コロナウイルス感染症の取り扱いが季節性インフルエンザと同じ5類に変更されました。新型コロナが終息した訳ではないですが、このタイミングでご自身の職場コミュニティー、家庭やプライベートのコミュニティーを見直しましょう。地域の集まり、古い友人との同窓会、趣味の仲間も大切なコミュニティーとしての充実を図るのが良いと思います。
その際には対等、平等を原則として、互いのウェルビーイングを回復、維持、向上することを目標の1つと考えておくとよいでしょう。年功序列や男尊女卑、暗黙のルールを持ち込むことなく、もっぱら交流することに集中することです。社会的なウェルビーイングは勤務先で役職を解かれた時、定年退職や継続雇用等のタイミングで大きく揺らぐ可能性があります。そうした未来を意識しながら、コミュニティーの充実を心掛けてはいかがでしょうか。
労働衛生コンサルタント、日本内科学会認定内科医、日本医師会認定産業医
1991年産業医科大学医学部卒。職場のメンタルヘルス対策、高年齢労働に伴う安全衛生・健康管理及び感染症を含む危機管理対策を専門とし、企業や自治体、人事担当者や専門家向けにコンサルティングと教育・啓発を手掛ける。福岡産業保健総合支援センター産業保健相談員、国際EAP協会日本支部理事、日本産業衛生学会エイジマネジメント研究会世話人を務める。社会保険労務士がメンタルヘルス対策等を学ぶ「健康企業推進研究会」を主宰する。
著書は『管理職ガイド〜はじめてでも分かる若手のトリセツ(令和のZ世代を受け入れ、育て、問題に対処するポイント)』(労働開発研究会)、『第2版 管理職のためのメンタルヘルス・マネジメント』(労務行政)、『改訂版 人事担当者のためのメンタルヘルス復職支援』(同)、『【図解】新型コロナウイルス メンタルヘルス対策』(エクスナレッジ)、『課題ごとに解決!健康経営マニュアル』(日本法令)、『社労士がすぐに使える!メンタルヘルス実務対応の知識とスキル』(同)等。