BizGateリポート/SDGs

折り返し地点のSDGs 成果生む行動、加速の時

SDGs 脱炭素 ESG

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2030年の達成を目指し、15年に国連で採択されたSDGs(持続可能な開発目標)は折り返しの年を迎えた。地球温暖化の影響とみられる災害や異常気象が相次ぐ中、SDGsへの関心は全世界的に高まっている。企業の取り組みは社会的責任のみならずその価値向上につながるとしてステークホルダー(利害関係者)から注目されている。金融、商社など多くの業種が集積する東京・大手町、丸の内、有楽町(大丸有)エリアでは組織の枠を越えた実践が広がっている。

飲食店の食用油、航空燃料に 群馬・みなかみ町と生物多様性保全も

三菱地所 中島篤社長に聞く

日本有数のビジネス街、大丸有(大手町・丸の内・有楽町)エリアで多くのオフィスビルを展開する三菱地所は、SDGsで同エリアを中心に資源再利用や生物多様性の保全などを進めている。中島篤社長に同社の具体的な取り組みを聞いた。

大丸有エリアでは、すべてのオフィスビルを再生可能エネルギー(再エネ)由来の電力に切り替えた。当社の全国でのオフィス・商業ビルでも再エネ由来の電力への切り替えを進めており、2025年の実現を目標としている。

大丸有エリアのビルで22年に新たに始めたのが、資源を再利用し循環させる「サーキュラーシティ丸の内」だ。同事業の1つ目が、食品ロスを減らす取り組みだ。テナントの飲食店にお願いして、食べ残しを我々が用意した持ち帰り容器に入れて持ち帰ってもらう。当初は4〜6月限定だったが、現在も続けている。

2つ目が、廃棄されたペットボトルを回収して、再生ペットボトルとして利用できるようにする取り組みだ。サントリー食品インターナショナル、コカ・コーラボトラーズジャパンと連携している。

3つ目が、テナントの飲食店で出た食用油(廃食油)を再利用し、持続可能な航空燃料(SAF)にする取り組みだ。SAF製造のサプライチェーン構築を行う日揮ホールディングス、廃食油の流通を管理するレボインターナショナル(京都市)と連携している。

航空機の燃料になるまではもう少し時間がかかるが、廃食油を運ぶトラックの燃料になるところまでは来た。

いずれの取り組みも成果が出ているという実感がある。

SDGsを巡っては、国連の生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)など、世界的な生物多様性保全のため、自然を回復させる「ネーチャーポジティブ」に向けた活動をしようという流れがある。当社は23年2月に群馬県みなかみ町、日本自然保護協会と連携して、同町の生物多様性の保全、復元に取り組むことにした。企業版ふるさと納税で当社も資金を出す。

具体的な活動としては、管理が行き届かない針葉樹の人工林を広葉樹の自然林に戻す。生物多様性が豊かで、人と自然の緩衝地帯ともなってきた里山を回復させる。樹皮の食害で森林に悪影響を及ぼしているシカが増えすぎないよう管理する、といった内容だ。

みなかみ町はユネスコエコパークに登録されていて、先進的に生態系保全に取り組んでいることから連携させていただいた。事業はこれからだが、非政府組織(NGO)、大学とも連携し、我々の取り組みがどう効果が出ているのか数字で定量化できるようにしたい。みなかみ町での取り組みで実績を上げ、当社が進めているリゾート開発のエリアでのネーチャーポジティブの活動につなげたい。

不動産開発会社の事業同様、SDGsの取り組みも当社だけではできることが限られる。様々なパートナーと組み、各事業の運営で当社が主導的な役割を果たす「エコシステムエンジニア」となることが目標だ。

 

大丸有エリアの連携 都心の豊かな生態系周知を計画

大丸有(大手町・丸の内・有楽町)エリアでは、エリア内の企業や団体が連携し、2020年度からSDGs実現に向けた活動「ACT5」を進めている。23年度は、生物多様性など新たなテーマでエリア外の人々からも関心を集めたい考えだ。

ACT5は「サステナブルフード(持続可能な食材)」「環境」「ウェルビーイング(23年度から「ひとと社会のWELL」)」「ダイバーシティ&インクルージョン(多様性と包括性、D&I)」、SDGsの重要性を伝える「コミュニケーション」の5つの課題を掲げて活動している。

22年度はエリア内外84社の企業が協力し、63回の活動を実施、約1万6000人が参加した。「持続可能な食材」では、餌が不要で海洋汚染を防げるムール貝の養殖などを知ってもらい、食事も楽しむイベント6回がすべて満席となった。

「環境」では大丸有エリアの生物多様性を知ってもらおうと、皇居の堀で生物を採取し観察するイベントを開催した。「D&I」では同エリアの企業約20社のD&I担当者を集め、先進事例を知るイベントが好評だった。

23年度は「環境」で、大丸有エリアの豊かな生態系をさらに知ってもらう活動を計画している。ACT5の事務局である三菱地所サステナビリティ推進部は、NPOの協力でエリア内の生態系を観察したデータを蓄積、「自然が豊かな皇居が近くにあるためか、カワセミや絶滅危惧種のトンボがいる」(同部)という。

大丸有エリアを訪れた人に、目撃した生物の情報をゲーム感覚で寄せられるスマートフォンアプリを提供。同アプリのデータと、これまで蓄積したデータを合わせて大丸有エリアの生態系マップをつくることを検討している。

「持続可能な食材」では、海洋汚染問題や、畜産が原因の温暖化ガス削減策などを考えてもらう活動を計画している。

ACT5実行委員会監事を務める三菱地所の吾田鉄司サステナビリティ推進部長は「新型コロナウイルス禍が明けて、オンライン企画ではないリアルなイベントの場の提供を増やし、参加者のアイデアを企画に反映させたい」と話している。

 

 

進化する資本主義の当事者たらん

2015年9月の国連サミットでSDGs(持続可能な開発目標)が採択されてから、8年がたとうとしている。17の目標、169のターゲットの達成を目指す30年までの道のりの後半に入る。「誰一人取り残さない」という理念を掲げるだけでは、もはや不十分だ。理念の実現に向けて何をすべきか。結果を出すにはどうしたらよいのか。私たち一人ひとりが考え、行動する時だ。

15年当時はまだSDGsを「きれい事」「一時のブーム」などと見る向きがあったことは確かだ。しかし、今や、ビジネスの世界にそんな冷笑は見当たらない。17目標、169ターゲットを貫く包摂性や多様性の理想を実現し、成熟した市民社会をいかに築くか。それが企業の競争力や価値を決める時代だ。

企業と市民社会の距離は確実に縮まった。社会問題の解決は企業の義務であり、機会にほかならない。製品やサービスの開発、それを支える人材の育成。SDGsこそが土台になる。

サントリーホールディングスは23年入社の社員から、海外の非政府組織(NGO)などに全員を派遣する研修を導入する。海洋プラスチックゴミの収集や、化学肥料を使わない循環型農業を体験させるという。企業人として成長していくうえで、国際市民としての経験は欠かせない。

ユーグレナのように会社の憲法ともいえる定款を変更し、事業目的がSDGsを反映するようにした企業もある。

生き馬の目を抜く金融の世界も例外ではない。環境や社会問題を企業評価に取り入れるESG(環境・社会・企業統治)は、長期投資の世界ではもはや常識だ。

脱炭素技術の開発や生物多様性の保全、国際サプライチェーン上の人権保護など、経営を分析するための視点は多様になった。伝統的な金融の知見だけでは、SDGsを追求する企業の全体像を捉えることはできなくなった。

資本市場に軸足を置く資産運用会社もSDGsを強く意識している。目標達成に必要な資金はまだ不足しているものの、環境・社会問題に取り組む国際NGOとの間で人材交流が始まるなど、潮流は変化している。私たちが目撃しているのは、資本主義の進化でありバージョンアップにほかならない。

ここ数年の世界に顕著な現象は、分断である。英国の欧州連合(EU)離脱や米国のトランプ大統領の登場、さらにはロシアのウクライナ侵攻と、中国・インドなど周辺国に影響力を持つ新興国の台頭。かつて信奉された「グローバル化」という言葉が、均質な国際社会が同じ価値観を持つという意味であるなら、それはもはや何の説得力も持たない。

どの国・地域も経済成長を成し遂げれば、欧米と同じ思想を持つようになると思っていたが、それはまったくの傲慢だった――。ある経験豊かな英国の閣僚経験者から聞いた言葉だ。

何もしなければさらに引き裂かれ、崩落しかねない世界。従来型の成長は解を与えてくれない。新しい経済の考え方や仕組みをつくらなければならない。世界の政財官の至るところで、多様性や包摂性が叫ばれるようになったのも、そのためだ。

SDGsの結果を出すために私たち一人ひとりが考え、それを早く実行に移すことが、世界を分断から救う一歩ともなるはずである。

(編集委員 小平龍四郎)

 

経営戦略とのリンク 言語化と可視化を

東京都立大学大学院経営学研究科 松田千恵子教授に聞く

企業のSDGs経営の現状と課題について、経営戦略に詳しい東京都立大学大学院の松田千恵子教授に聞いた。

企業を取り巻く環境は大きく変化している。ロシアのウクライナ侵攻やEUのエンジン車容認への方針転換は、投資家が企業評価で重視するESGにおける「E」の予想外の事態といえる。「S」では人的資本のみならず人権が世界的にクローズアップされてきた。ここまでSDGsに取り組んできた企業は、変わりつつある潮目にその意義を改めて深く考え、道程後半の行動に落とし込むべきだ。

変化にアジャイルに対応する企業がある一方で、経営トップの意識や考えが社内共有されず実践が乏しい企業もあり、その差が開いている。私の研究室で行った企業アンケートではSDGs経営の推進課題として「リソース不足」を上げる割合が高かった。経営資源が限られるならば、「ここだけはやらなければならない」といった目標の絞り込みや優先順位づけが要る。

選択した目標が経営戦略にきちんとリンクしていることは言うまでもないだろう。ただでさえ不足しがちなリソースが分散すれば成果は生まれにくくなる。SDGs経営の成否は明確な経営戦略があるかどうかと表裏一体といえる。

企業や社会のサステナビリティーを考えた長期的で骨太の経営戦略は、不確実性が増す時代だからこそ重要性が増す。その土台となるのは、組織内外における質量共に充実したコミュニケーションだ。

日本の企業はとりわけ量が不足している。ステークホルダーを広く捉えて、経営層から現場まで様々なレイヤーで対話を重ねる。その中で「わが社はどうありたいか」「どのように見られているか」への気づきが、マネジメントレベルでの打ち手や道筋の発見につながる。自社をカバレッジするアナリストや投資家が少ない中小企業は意識的に対話機会を設けたい。

世界的にサステナビリティーに関する強制的情報開示の流れが進み、例えば「気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)」と対になる「自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)」のフレームワークが今年9月に策定される。流れに遅れると企業行動が後手に回る悪循環に陥りかねず、受け身ではなく先回りする姿勢が求められる。

そもそも自然に逆らわない日本の社会の在り方や、今や国際語になった「MOTTAINAI(もったいない)」精神などはSDGsに沿う。個々の会社においても、創業者の思いは社会に役立つ製品・サービスを届けようというものであったはずだ。歴史・文化や企業の原点を振り返りながら、自信を持ってサステナビリティー実現の意思や独自のアプローチを言語化、可視化することも要る。

西洋的価値観の行き詰まりがSDGsにつながった側面があるにもかかわらず、日本の発信力の弱さは欧米からみせかけのそしりを招きかねない。サステナビリティーに関する国際的な標準づくりは急ピッチで行われており、日本も代表を送るなどの努力を重ねているが、こうした努力は業界や官民連携でさらに推進すべき課題だ。

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