企業講演 人が創る価値 高める経営
損害保険ジャパン 取締役 常務執行役員 酒井 香世子 氏
当社のジェンダーギャップの解消に向けた取り組みは、2003年に国内大手金融機関で初めて女性活躍推進専門部署を設置するところから始まった。ライフイベントがあっても女性が仕事を続けられる制度を導入。子どもが満2歳になるまで、託児施設にかかる費用の一部を会社が負担するほか、休業、休暇以外にも短時間勤務、時間休暇で、利便性を向上させた。
男性社員の育休100%取得も推進中だ。10年に総合職、一般職というコース別人事制度を撤廃し、転勤の有無以外の職務範囲の差をなくした。そのうえで年次年功運用から脱却し、人物本位の登用が浸透した。女性に特化した育成プログラムを強化した結果、女性管理職比率も上昇し23年度末までに30%の目標を達成する見込みだ。
しかし20年近く取り組みを進めてきても課題はある。女性側の問題としては、いわゆる「やまとなでしこ問題」だ。実績や経験がないから管理職は務まらないと自分を過小評価し、控えめな発言をしてしまう。上司が優しすぎる問題もある。育児との両立が大変だろうと女性にはタフな仕事を与えない、出張や残業を依頼しないなどだ。これはアンコンシャスバイアスの問題で、悪気はない過度な配慮が部下の成長や登用の機会を奪う。一見優しいが中長期的にみると優しくない。逆に共働きで同じ課題を抱える男性の部下には配慮していない。
ロールモデルがいないからキャリアアップがイメージできない。「同じ境遇の人がおらず分かり合えない」とも聞くが、境遇とキャリアがまったく同じ人はいない。
課題の解決に様々な取り組みをしている。他業種や他の企業との交流を通じて、新しい価値を生み出す場を提供する異業種交流会。先輩復職者とのトークセッションを通じてネットワークをつくり復職時の不安を払拭する育休者フォーラム。女性役員による次世代に続く女性社員との座談会など、少し背中を押すことで頑張ろうと思う人がたくさんいる。意識改革としては女性だけで活動するのではなく、管理職や男性も巻き込んだ。コロナ禍で集合研修ができなくなったことを機に、オンラインの学びの場として「損保ジャパン大学」を設立した。昨年は管理職を中心とした約9000人の社員がアンコンシャスバイアス研修に参加、他社の女性役員を招いた鼎談(ていだん)会や心理的安全性、女性の健康に関する研修など、地道な改革を継続している。自立的にキャリア形成ができる柔軟な制度も数多く導入している。社員の業務遂行状況や実績を評価して希望する部署への異動を実現するドリームチケット、社員が自らの意思で公募のポストにチャレンジできるジョブ・チャレンジ制度の導入のほか、21年度には社内副業制度も始めた。
トップや経営陣がD&Iの加速に取り組むことをコミットし、社内外に発信することも大切だ。明確な数値目標を掲げ、会社の仕組みにアンコンシャスバイアスがないか見直して現状を打破すべきだ。
人材はコストと捉えられていたが、価値創造に向けた投資で、会社の発想転換が求められている。これからは社員と会社は選び、選ばれる関係になる。会社は個人が強みを発揮しやすい多様性に富んだ職場づくりを進め、成長の場を次々と提供する。結果として、社員一人ひとりの成長と会社の成長の好循環を生み、相互信頼が高まりエンゲージメントが向上する。D&Iの推進は重要な経営戦略の一つだ。一人ひとりの能力を最大限に発揮し、多様性を強みとして生かすことで社会に新たな価値を提供し、貢献し続ける組織(会社)になれる。
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講演 仕事・家事両立のリーダーを
ワークシフト研究所 代表取締役 社長 小早川 優子 氏
リーダー層多様化の実現が弊社のビジョンだ。ジェンダーだけでなく働き方などすべての多様性を推進している。重要なのは両立リーダーの育成だ。その「両立」には育児介護のほか病気治療、副業、NPOなどの社会活動、個人的な趣味も含む。時間的制約がある中、働く意欲を持って責任ある仕事をしようとする人材が両立リーダーだ。
女性リーダー不足も両立が課題だ。両立を課せられるのが女性に偏り過ぎていること、キャリアアップの機会がなかなかないこと、知見が組織にたまっていないことが原因だ。両立しながらキャリアアップできる仕組みをつくらなければリーダーになる女性が増えず、悪循環が生じる。
女性社員だけの問題ではない。今後、日本は大介護社会になる。2025年には65歳以上の認知症患者数は700万人になり5歳以下の子どもよりも多くなる。育児と仕事の両立者よりも、介護との両立者が増えることは明らかだ。介護しながら両立する層は年代的に中間管理職にあたる。管理職と介護を両立する人が活躍できる組織にしなければ、多くの企業が大変になる。新しいタイプの両立リーダーが必ず増えるし、イノベーションのためにもそうした人々が活躍する組織にしなくてはいけない。もし突然、親の介護と仕事を両立することになった場合、介護しなかった場合と同じキャリアを維持できるのか。難しいなら今から両立リーダーが活躍できる組織に変えなくてはならない。
セーフティーネットとして全社員対象の両立支援をすべきだ。支援対象を女性や育児介護の両立者に限ってどこかにしわ寄せがあった場合、職場内で不公平感を生む。分断や亀裂は生産性を下げる決定的な要因になる。特別に支援された人も罪悪感を抱いて挑戦的な仕事ができない。意欲を高める活躍支援を両立支援とセットで行うことだ。
一方で、女性に特化した研修は必須だ。女性と男性が同じ研修に参加した場合、発言すべき時に女性は発言機会を男性に譲ることがある。女性も自分で提案しフィードバックを受けて改善しなくてはならないし、それを続けなければスキルアップしない。女性が発言せざるを得ない環境をつくることが重要だ。