2000年代に台頭した「ファストファッション」は低価格の衣料品を頻繁にモデルチェンジして大量販売し、消費者を短期間での買い替えに導いた。結果として服を捨てることへの心理的な抵抗が希薄になり、廃棄量が増大した。米マッキンゼー・アンド・カンパニーによると、平均的な人が購入する衣料品点数は15年前に比べて60%増え、買った服を着続ける期間は半分に短縮した。
国連環境計画(UNEP)は「このままのアプローチを続ければファッション業界の温暖化ガス排出量は2030年までに50%近く増大する」と警鐘を鳴らす。欧州連合(EU)は22年、域内で販売される繊維製品について修繕しやすいデザインや耐久性などの要件を設けるよう対策を提言した。スウェーデンでは24年1月、衣料品に対するEPR法が施行予定だ。地球環境対策で先行する欧州の動向はいずれ日本にも波及するだろう。
いま注目を集めるのが、SDGs(持続可能な開発目標)の17項目で12番目の「つくる責任 つかう責任」からさらに一歩踏み込み、廃棄された製品に新たな付加価値を与えて再生する「アップサイクル」だ。1994年にドイツのレイナー・ピルツが提唱したとされる。「創造的再利用」という呼び方もある。廃棄物から使えるモノを取り出して再利用するリサイクルで付加価値は増えない。廃棄物をアップグレードし、製品寿命も延ばせる「アップサイクル」とは方向性が異なる。
セイコーエプソンの原点は腕時計製造で、伝統的に機械とエレクトロニクスが融合したメカトロニクスが強い。このお家芸を駆使した「ドライファイバーテクノロジー」は紙や布をほぐして繊維に戻し、再生紙や不織布にする。機密文書もいったん繊維にすれば解読不能。環境面に加えセキュリティー面でも評価された。エプソンがサポートするファッションデザイナーの中里唯馬さんはこの不織布を一部に用いた作品をパリコレクション(パリコレ)の2023年春夏コレクションで披露した。
端切れや廃木材をアクセサリーや家具に仕立て直すタイプの「アップサイクル」はよく聞く。だがメカトロで古着からパリコレという飛躍には夢がある。「アップサイクル」の定着にはこうした楽しさや驚きも必要ではないか。
(編集委員 竹田忍)
セイコーエプソン・小川恭範社長「環境負荷下げ、顧客満足度高める」
今年1月、ファッションデザイナーの中里唯馬さんがアフリカのケニアで調達した古着を「アップサイクル」した不織布で作品を作り、ファッションショーのパリコレクションで披露しました。セイコーエプソンは独自技術の「ドライファイバーテクノロジー」で布をいったん解繊(綿状にほぐすこと)してから不織布に仕上げ、さらにインクジェット式デジタル捺染(なっせん)機でデザインを施して協力しました。
「ドライファイバーテクノロジー」は使用済みの紙からインクを抜き、オフィス内で再生紙を作る技術でしたが、布から不織布を作れるようにして付加価値を高めました。また東北大学との共創で古紙や木材などを解繊して複合化し、課題になっている強度や耐久性を高めた再生プラスチックの開発を目指しています。
主にスマートフォンや自動車の電子部品などに使用される金属粉末を製造している子会社のエプソンアトミックス(青森県八戸市)は不要になった金属を高品質の金属粉末に再生する新工場(同)を25年6月に稼働させます。この新工場や「ドライファイバーテクノロジー」はエプソン流「アップサイクル」の代表例です。こうした環境技術開発や、脱炭素、資源循環へ20〜30年の10年間に1000億円を投資します。
さらにデジタルトランスフォーメーション(DX)の活用でプリンターのパーツ交換やインク補充のタイミング把握、サービスの延長保証などの精度を高めて製品価値と顧客満足度を高めます。エプソンは次々と新製品を投入して収益をあげるビジネスモデルから、製品を捨てずに長い間使っていただいて利益が出る仕組みに転換していく方針です。