ESG(環境・社会・企業統治)重視の時代を迎える中、投資先への経営参画で企業の価値向上を図るPE(プライベートエクイティ=未公開株)ファンドへの期待が高まっている。先ごろ開催されたシンポジウム「プライベートエクイティの未来像」では、PE業界をリードする関係者たちが集結。投資先のESGを後押しするPEファンドの役割と可能性が語られた。
【基調講演】PEの特性、PRIに合致
森澤 充世氏 PRI事務局 シグナトリ―ジャパン シニアリード
責任投資原則(PRI)とは、投資家が責任ある投資を行うための行動指針である。
指針は「投資分析と意思決定のプロセスにESGの課題を組み込む」などの6つからなり、その推進は社会全体に利益をもたらすものだ。
2006年の国連のPRI策定以来、これに賛同し、署名する機関投資家は増え続け、現在、世界で5300を超えている。
PRIが求めるのは長期的視点での投資だ。従来の投資で重視されたのは、企業の過去の取り組み結果である財務情報だ。一方、これから重視されるのは、企業の目標や方向性といった未来について書かれたESG情報だ。
今後の投資は、法律や政策の変化、リスク変化、社会の期待や規範の変化など、長期的な社会動向を見極めたうえで、ふさわしいESGへの取り組みを行う企業に行うべきだ。また、投資先がこうした変化に対応できていない場合、行動変容を促すためのエンゲージメント(対話)を行う必要がある。
持続可能な投資はビジネスにも投資にも最適であり、ESG投資はPEファンドに適している。投資先に寄り添い、経営に参画し、対話によって潜在的なリターン向上を図るPEファンドの業務は、まさにPRIの目指すところだからだ。今後のPEファンドの取り組みに期待する。
【講演】公正な社会づくりに貢献
丸岡 正氏 BPEA EQT パートナー兼日本法人会長
Tang Zongzhong氏 BPEA EQT サステナビリティ責任者
丸岡氏 スウェーデンに本拠を置く世界屈指のPEファンドEQTと、アジア最大級のPEファンドであるベアリング・プライベート・エクイティ・アジア(BPEA)が2022年10月、経営を統合。BPEA EQTが誕生した。当社、EQTパートナーズ・ジャパンは、その日本法人だ。
EQTは、世界20カ国にオフィスを持ち、約1800人の従業員と2240億ユーロ以上の運用資産を持つ。
強みは規模だけではない。投資先の企業価値向上のため、各産業分野に精通した業務経験者を多くアドバイザーとして登用。さらに社内にデジタルチームを有し、専用の人工知能(AI)も備える。
当社の社名、EQTはエクイティに由来する。同語は「株主資本」だけでなく「公正・公平」との意味を持つ。ESG投資を通じて公正で公平な社会づくりに貢献したい。
タン氏 当社は、社会的利益に資する投資を長く進めてきた。例えば1994年、気温上昇1.5度シナリオに基づいて、気候変動問題に立ち向かう初めてのファンドを立ち上げている。
持続可能性の追求は、当社の根幹となるコンセプトだ、取り組みは自社はもちろん、投資先企業やその取引先など全てにわたる。また、科学との整合性ある取り組みを推進している。
【講演】目線を合わせて経営支援
二井矢 聡子氏 インテグラル パートナー
ステークホルダー(利害関係者)とハートのある信頼関係を積み重ね、そして最高の英知を積み重ねたい──。当社の経営理念であり、インテグラル(積分)という社名の由来でもある。
この理念を実現するのが、独自戦略「ハイブリッド投資」と「i─Engine」だ。
前者は、ファンド資金とともに自己資金を投資する仕組みである。ファンド資金は投資回収(エグジット)が前提だが、自己資金はそうではない。取り組みはおのずと長期的な視点となる。後者は、投資先への当社社員の常駐制度だ。投資先の役職員と当社社員がともに汗をかき、例えば、経営戦略を立案するなど支援する。
これらの取り組みで、当社は投資先と同じ目線、同じ時間軸での経営支援を行う。これが信頼の源泉となる。
投資先は現在31社を数える。カメラや写真を扱うキタムラ・ホールディングス(東京・新宿)もその一社だ。経営支援に際しては、経営陣とともに重要経営課題(マテリアリティー)を策定。同社社長が掲げる「世界を代表するフォトライフ・カンパニー」というビジョンをESGの文脈で捉えなおした。カメラのリユースを循環型社会につながる事業と位置づけ、同時に事業成長の主軸にも据えている。
【講演】課題解決ノウハウを共有
安達 則男氏 J-STAR Value Creation プリンシパル
当社は中堅・中小企業に特化したPEファンドである。これまでの投資社数は追加投資を含めると120社、総運用資産は1900億円を超える。
また、日本企業としては比較的早い2014年にPRIに署名。ESGの観点を重視した投資分析や意思決定を行う。
当社の特徴的な取り組みに、投資先のチーフオフィサー(CxO)らと行うESG会議がある。ここではESG推進のベストプラクティスの紹介や、ノウハウの提供、意見交換などが行われる。
IT(情報技術)エンジニア向け就・転職サービスのウェブサイトを運営するpaiza(東京・港)も当社の投資先である。同社サイトは単に就・転職情報を掲載するだけでなく、学習プラットフォーム機能も持つ。特に女性の求職希望者のITスキル向上を後押しするが、これは従事者の約9割が男性という、同業界のジャンダーギャップの解消を目指すものだ。
当社の投資先では、この他に廃棄物削減や、二酸化炭素(CO2)排出削減、水資源の節約、医療体制強化、児童福祉など、様々な社会的課題の解決に取り組む。
投資先企業に共通する課題やノウハウの分析、収集も行う。当社がハブとなり、情報を投資先と共有することで、各社のESGへの取り組みに弾みをつけたい。
【講演】成功の鍵は「ハートウエア」
津坂 純氏 日本産業推進機構 代表取締役社長・マネージングパートナー/ESGコミッティー議長
人として正しいことを貫く──。当社の投資判断の基準を聞かれたとき、投資家に返す言葉がこれである。
こうしたモットーを背景に、当社は国内外の投資家から約1700億円を預かり、34社に投資する。投資先には合わせて約2万人が働き、その企業価値は約4000億円と算出される。
当社はESGを多面的に推進するが、なかでも女性の採用と能力向上、役員への登用を重視する。ダイバーシティー(多様性)とインクルージョン(包摂性)が、企業経営に好ましい影響をもたらすからだ。実際、投資先の従業員約2万人の71%が女性、管理職の29%が女性である。さらに最高経営責任者(CEO)あるいは最高執行責任者(COO)は、その30%を女性、あるいはマイノリティーが占める。
女性の積極的登用は投資リターンにつながる。介護事業を営むヴァティー(東京・港)は、当社の投資後に女性管理職比率を68%に高めた。内部収益率(IRR)を45%に上昇させている。
投資先の価値向上にはハードウエアやソフトウエアなど、様々なツールの提供が必要だ。しかし、成功の最大の鍵は「ハートウエア」だ。心への働きかけが、人の行動や考え方を変える。それが魅力的な未来につながるのだと思う。
【講演】ともに理想見据え、成長
黒澤 洋一郎氏 ニューホライズンキャピタル マネージング・ディレクター
2002年の創業以来、独立系PEファンドとしてハンズオン(伴走型)での投資先支援を展開してきた。投資対象は主に中堅・中小企業。現在、運用総額2600億円超、投資件数は100を超える。
PEファンドの業務プロセスには2つの要がある。1つ目は、投資前の「企業価値の評価」である。対象企業の経営者や従業員が過去に取り組んできた歴史とその蓄積、未来の可能性を適正に評価することが重要だ。
要の2つ目が「企業価値向上への取り組み」だ。投資先企業とPEファンドが同じ理想を見据え、ともに悩み、ともに成長する。
2年前、高所での塗装を業務とする2つの事業者に投資した。評価段階では、両社の高い技術力や、インフラの維持という社会性に注目、投資を決めた。また、両社の協調がシナジー効果を生むとの目論みもあった。
投資後は、外国人の雇用、女性活躍の推進、さらには産業廃棄物削減による環境負荷の低減に取り組んだ。結果、エグジット時には、投資時の想定を上回るリターンを実現。経済性、社会性ともに意義のある投資となった。
今後もこうした取り組みを通じ、当社のパーパス(存在意義)である「意義ある投資で新たな地平へ」を追求していきたい。
【講演】好事例、他の出資先に提供
密田 英夫氏 ポラリス・キャピタル・グループ 取締役副社長
投資先企業をしがらみから解き放ち、企業の持つ潜在性を発揮させる。こうしたコンセプトのもと、事業を展開。現在までに累計3500億円を運用し、投資件数は40社を超える。
ESGについては、自社、投資先、社会(教育)の3面で推進する。自社での取り組みには、2016年のPRI署名、18年のESGポリシー制定、22年のチーフ・サステナビリティー・オフィサー設置と、同ポストへの女性任命などがある。
投資先での取り組みも盛んだ。例えば、調剤薬局を運営する当社の出資企業では、女性管理職比率の向上や、障害者雇用に関するKPI(重要評価指標)を策定。ダイバーシティーの実現を図る。また、こうした好事例を当社の他の投資先に提供。水平展開を図っている。
地球環境問題への対応としては、全投資先での温暖化ガス排出量算定と可視化、報告が挙げられる。当社は専門技術を有する企業との提携で実現した。
教育では、当社代表が京都大学寄付講座での講義を担当。ESG教育に貢献する。
投資先企業の経営に深く関わるPEファンドは、企業を社会課題解決に向かせ、同時に成長を促す力がある。今後もその実行で、投資リターンとESG推進を両立させ、よき社会の実現に貢献したい。
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