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少子化は静かなる有事 共育てが拓く日本の未来 日経こども未来経済フォーラム

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5月10日、「日経こども未来経済フォーラム」が開催された(主催:日本経済新聞社、日経BP)。岸田首相の進める「異次元の少子化対策」は、7年連続で減少するわが国の出生率を改善できるのか。また、先行き不透明な時代の中で、次代を担う子どもたちにどのような未来像を提示し、いかなる教育を実践すべきか。フォーラムには行政やアカデミア、民間企業など多彩な領域から識者が集結。子育てや教育への投資は日本の未来への投資であるという共通認識のもと、現状の課題や、解決への道のりを議論した。

 

【講演】 求められる社会的議論

為末 大氏 元陸上選手

日ごろ、子どもたちにかけっこの指導をしたり、父親として息子と接したりする中で、子育てや教育について様々なことを考える。

私は現在40代だ。アスリートを引退してからは、指導者や事業会社の取締役などとしてキャリアを築いてきた。以前は都市部に住んでいたが、現在は妻と8歳の息子と共に郊外で暮らしている。息子の教育などについて夫婦で話し合った末の決断だが、以前のように時間を気にせず会議に出るといったことは難しくなった。子育てとキャリアのトレードオフは、多くの親が直面する問題だ。それでも、地域のあたたかな見守りの中で子育てができる現在の環境はかけがえがない。悩みは多いが自分の意思決定には満足している。

学びの未来について考えると、可能性と同時に課題もみえてくる。インターネットやタブレットなどを使いこなす現在の子どもたちは、知りたいことがあれば自分で積極的に情報を入手して学ぶ。こうした自己学習の習熟速度にはばらつきがあるので、学年やクラスごとに一律の学びを提供する教育は成立しなくなるのではないか。

将来的に学校教員に求められるのは、子どもが学ぶ意欲を持ち続けられるよう応援したり、自分だけで学ぶのが難しい子を支援しながら伴走したりすることだろう。進路やキャリアの選択を見据えれば、その子自身が自分の興味や、得意・不得意を把握できるような問いかけをすることも大切だ。

デジタル技術による学びの可能性の拡大は、学ぶ場所を学校に限定する必要性を薄める。地域住民への校庭の開放など、学校施設の使い方の広がりにも期待したい。データ活用の進展は子どもの貧困対策にもつながるだろう。データを通じた家庭の経済状況の把握は、適切かつスムーズな支援に貢献するはずだが、現状はリスクが注目されすぎるあまり、行政による個人データの活用が進んでいない。必要な支援を届けるためのデータ活用の実現を強く望む。

社会を見渡すと、子育ての責任が親に結び付けられすぎているとも感じる。社会全体で子どもを育てるという価値観が浸透してほしい。社会システムの維持には次世代が必要であり、子どもについて考えることは日本の未来を考えることと同じだ。子どもの有無に関わらず、誰もが子どもについて考え、議論する社会の実現を願う。

 

【パネル討論】 若い世代が子育てと仕事を両立をしやすい社会とは

山口 慎太郎氏 東京大学大学院 経済学研究科 教授
永田 夏来氏 兵庫教育大学大学院 学校教育研究科 准教授
パトリック・ハーラン氏 タレント/東京工業大学 非常勤講師
ファシリテーター 佐藤 珠希 日経BP ライフメディアユニット長

育休取得率改善に期待

佐藤 討論を始めるにあたり、登壇者の子育てや少子化対策への向き合い方を明らかにしたい。

山口 研究者として子育て支援政策や労働支援政策の経済学的分析を行っている。日本の少子化の原因は極めて複合的かつ複雑だ。

ハーラン 米国と日本のハーフの子どもを育てる親として、日本の子育て環境に感動する場面は多い。乳幼児から受けられる保育サービスなどは米国にはないものだ。

永田 乳幼児を育てる若い母親へのインタビュー調査を軸に、家族社会学の研究に取り組んでいる。

社会経済体制の安定必要

佐藤 わが国で急速に進む少子化の原因はどこにあるか。

山口 男性の家事・育児参加の壁の高さや、雇用環境や社会経済体制が不安定であることなど、原因は様々あると考えられる。

経済的不安のために結婚や出産に踏み切れない若者も多い。子どもを持ってもゆとりある暮らしができるとイメージできるような社会経済環境の構築が必要だ。

ハーラン 日本の男性の育児休業取得率の低さが気になる。企業の組織力向上が必要だろう。

チームで仕事をする仕組みを定着させ、特定の社員にしかできない業務をなくせば休業取得のハードルも下がる。そうした企業では、家族の介護やプライベートな用事の時にも休みやすくなり、全社員が働きやすくなるはずだ。

永田 自分らしさが問われる時代の中、親になることで自分らしさが圧縮されるという感覚を持つ若い世代は多い。そうした中、子育てに関する価値観や悩みを共有する親同士がzoomなどを通じ、居住地に捉われずに交流している。IT(情報技術)は希望だ。

「子は宝」の文化浸透させる

佐藤 少子化対策には、子どもを持つ人と持たない人との分断を防ぐことも重要だ。社会全体で子どもや子育て当事者を見守る雰囲気づくりには何が必要か。

山口 私自身も親として、子どもに対する温かなまなざしがあると、子育てがしやすいと実感する。

現在、日本では妊婦や子ども連れの方が公共施設に優先的に入場できる「こどもファスト・トラック」の導入が推進されている。こうした施策が、子どもの有無に関わらず子育てを応援する社会の雰囲気づくりに貢献すると期待する。

ハーラン フランスなど、先進国の中でも少子化が日本ほど深刻でない国には「子どもは宝」という文化や価値観が根付いている。日本は行政による根気強い広報により、歩きたばこをさせない社会を実現した。子育てしやすい社会づくりにも期待したい。

永田 子どもとの交流が若い世代に変化を促すこともある。都市から地方に移住した子育て世帯の中には、地域住民と積極的に交流する家族もいる。その交流の中で地元の若い男性が、子どもを持つことを自分の人生の選択肢の一つと捉えるようになった。

山口 少子化対策の出発点として有効なのは、男性の育児休業取得率の改善だろう。育児休業を取得した男性は、その3年後に家事や育児に関わる時間がおよそ2割増えるというデータがある。育児休業を取得しやすい体制の整備は、企業が果たすべき社会的責任といえる。

ハーラン 子どもは今は様々な手助けが必要でも、やがて社会を支える一員となる存在だ。わが子でなくともみんなの子どもなのだから、育てやすく、暮らしやすい社会をみんなの力で築きたい。

永田 若い世代はITを強みに、新しい暮らし方や働き方に挑戦している。そうした挑戦を認め、子どもがいる現代的な暮らしを支える社会へと変革することが大切だ。

 

【パネル討論】2050年のグローバルリーダーを考える

中島 さち子氏 ジャズピアニスト/steAm CEO/steAm BAND 代表理事/大阪・関西万博 テーマ事業プロデューサー
村上 由美子氏 MPower Partners Fund L.P. ゼネラル・パートナー
宮野 公樹氏 京都大学 学際融合教育研究推進センター 准教授
ファシリテーター 中村 奈都子 日本経済新聞社 総合解説センター 編集委員

自ら考える力を伸ばせ

中村 このディスカッションでは、2050年のグローバルリーダーを育成するために必要なものを議論する。まずは日本の子どもや教育の現状について整理したい。

村上 私は現在、日本初のESG(環境・社会・企業統治)重視型グローバル・ベンチャー・キャピタルファンド、MPower Partnarsを運営している。ファンド設立前は、OECD(経済協力開発機構)の日本オフィスの責任者として、客観的統計からみえる世界の中の日本の立ち位置や課題について、知見を積み重ねてきた。

世界と比較すると日本の子どもは、学力調査の平均スコアで世界トップテンにランクインする一方、自己肯定感が低く、大志を抱く子どもが少ないといった特徴がある。

中島 日本の教育には、子どもを唯一の正解へ導くという傾向が長らくある。しかし時代の変化の中で、答えのない問いに向き合い、自分なりの答えを出す力が求められるようになっている。

そうした変化の中で生まれたのが、国語や数学などの科目を横断して学びながら自分で課題をみつけ、答えを導き出す力を鍛えるSTEAM(スチーム)教育だ。

私自身もSTEAM教育家として、その推進に取り組んでいる。

宮野 私はもともと金属材料の研究をしていたが、現在は哲学に近い学問論、大学論を行っている。領域を越えた学びや領域の融合は当たり前のことで、そもそも学問とは専門領域や学際研究とは何かと問い合う営みをいう。

学力は他者が定めたものさしで測られる力であり、学力を伸ばすことは、子どもの個性を伸ばすことと同意ではない。

そうしたことを踏まえ、特に公教育には生きるとは何かといった根源的な問いに向き合う姿勢と、自分で食べていける力の両方を育てることを求めたい。

問いを見つける力鍛える

中村 自分で食べていける力をつけ、社会の中で自分の能力や個性を生かすためには何が必要か。

村上 一つは、失敗からの学びを認める社会への変革だろう。

日本の子どもの自己肯定感や自信の低さは、1足す1を2と答えなくてはならない教育によるものではないか。子どもが「正解」以外の答えがある可能性を考えようとしなくなれば、今まさに時代が求めている、自分で問いをみつける力は鍛えられない。

自己肯定感の高さは挑戦する意欲とも相関する。正解以外を認めない教育により自信を奪われた子どもはさらに挑戦しなくなるという悪循環もあるのではないか。

中島 自ら問いを発見し、様々な答えを考える面白さを体験できるような学び方が実現できないか。

例えばフィンランドでは、テーマに対して五感を使う体験と思考を循環させるプロジェクト型学習が取り入れられている。そうした学習の中で、「知識」は生活や社会や学問の中で創造的にとらえられるからか、子どもたちは知識を身につける学習にも意欲的になる。プロジェクト型学習が基礎学力にも好影響を与えているところが興味深い。

宮野 科目や学問領域に捉われない学びの実践例として、プロジェクト型学習のような試みは意義深い。日本の公教育にも取り入れられるはずだ。

教える側の都合や論理に沿って知識を身につけさせるといった意味の教育ではなく、一人の人格として子どもに向き合い、育てるという意味での「育人(いくじん)」が大切だ。それを実践するためには、教師が裁量権を持って授業をする自由を認める必要がある。

村上 まさにフィンランドは、教師の裁量権が大きい。教師の給与水準に差はないが、フィンランドは教師になりたいと望む若者が日本より格段に多い。自分なりに授業を工夫できることがモチベーションになっているのだろう。日本も子どもの能力を伸ばすため、教師の裁量権を拡大すべきだ。

より大きなインパクトをもたらす政策として人材の流動性向上も重要だ。能力により成長分野の仕事に就くチャンスが拡大する社会が実現すれば、大学での学びの質もさらに磨かれていくだろう。

自分を知ることが学びに

中島 障がいのある方や違う国の方など、自分とは異なる背景を持つ人との交流も大切な学びとなる。そうした交流は自分の中にある自分自身の多様性を知るきっかけを与えてくれる。自分を知ることができれば、大学などが提供する学びと自分の希望とを、様々な評価軸にてマッチングさせる進路決定ができるようになる。偏差値を唯一の基準として入れる学校を選ぶような、受け身の進路選択からも脱却できるはずだ。

宮野 社会とは自分の半径2㍍の総体を指す。社会全体で子どもの学びを変えたいのなら、まずはわが子の学び方を変えることだ。そして、わが子を他人の子のように育てる。これは、親の価値観を押し付けないという意味合い。そもそもわが子といえど、別人格を持つ一人の人間であり他人だ。そうした認識が広がれば、学びも大きく変わっていくはずだ。

中村 わが子を他人の子のように育てるのは、なかなか難しいことだ。しかし、分け隔てなく全ての子どもに同等の教育環境を提供することが当たり前になれば、日本の教育は前進するだろう。

 

【講演】 社会構造・意識変革促す

小倉 將信氏 こども政策担当大臣

少子化はわが国の静かなる有事といわれるが、昨年の出生数は80万人を下回った。このまま人口減少が続けば社会保障制度も維持できなくなる。国家政策として少子化対策を進めるべきだ。

しかし危機的状況を強調するほど若い世代や子育て当事者にプレッシャーがかかり、子どもを持つことを躊躇(ちゅうちょ)させる空気がつくられてきたのも事実だ。結婚や出産は個人の自由であり、それを強制することは誰にもできない。実現すべきは、子どもを持つことを希望する誰もが安心感を持ちながら、子どもを産み、育てられる社会だ。少子化対策の基本理念の一つは、若い世代の所得向上だ。妊娠期から子どもの自立に至るまで、全ての子育て世帯を切れ目なく支援することも理念に含まれる。さらに、社会構造や意識も変革する。

子どもや子育て世帯への支援は日本の未来への投資だという認識のもと、社会構造や意識の変革を促すことも、こども家庭庁の大事な役割と認識している。

子育てに関する不安や負担の中にはキャリアの問題も含まれる。現状、家事や子育ての負担は特に女性に重くのしかかり、女性の能力が最大限発揮されていない。それは、わが国の上場企業の女性役員比率が約9%の低水準であることとも無関係ではないはずだ。

こども政策担当大臣と男女共同参画担当大臣を兼務する立場としても、2030年までに女性役員比率を3割以上に引き上げるという目標達成に向けて全力を注ぐ。女性活躍の推進を含む少子化対策の実施は、日本経済に活力をとりもどすためにも不可欠な政策だ。

 

【講演】 柔軟な働き方実現に力

渡辺 由美子氏 こども家庭庁長官

今年3月に、「こども・子育て政策の強化」についての試案を発表した。そこでは岸田首相の掲げる「異次元の少子化対策」の実現に向けて、今後3年間で特に強化して取り組む施策をまとめている。

施策の3本柱は、経済的支援の強化、保育サービスの拡充、そして共働き・共育ての推進だ。

わが国では全世帯の3分の2が共働き家庭だが、男女が共に家事や育児に参加する「共育て」は浸透していない。夫が家事や育児をする時間が長いほど、妻の就業継続割合や、第2子以降の出生割合が増加することが、データからも明らかになっている。共育てをしやすい社会の実現は急務だ。

具体的には育児休業取得率開示制度の拡充や、育児休業給付の引き上げなどを通じて、男性の育児休業取得率を引き上げる。また、子育ての全期間を通して、時短勤務やリモートワークなどの柔軟な働き方を選択できるようにするための制度設計も進める。加えて、自営業やフリーランスで働く方の育児期間中の年金保険料免除措置創設など、多様な働き方と子育ての両立を支援するための施策も拡充する。現在、これらの施策の実現に向け、こども未来戦略会議で議論を詰めているところだ。

共働きや共育てをしやすい環境整備は、介護と仕事、あるいは病気療養と仕事を両立しやすい環境の整備にもつながる。企業には経営の強靭(きょうじん)化にも貢献する施策として、社員の共働き・共育て支援に取り組んでほしい。

 

【パネル討論】 希望ある社会のためのこどもへの投資とは

中室 牧子氏 慶応義塾大学 総合政策学部 教授
出雲 充氏 ユーグレナ 代表取締役社長
田中 沙弥果氏 NPO法人Waffle Co-Founder/CEO
ファシリテーター 石塚 由紀夫 日本経済新聞社 総合解説センター 編集委員

自己効力感向上が不可欠

出雲 「人と地球を健康にする」というパーパスを掲げ、ユーグレナを創業して今年で17年目になる。

社会課題解決を見据えて事業を興す起業家精神、アントレプレナーシップを持った人材の育成は日本社会の重要課題だ。私自身も次代を担う起業家をどうしたら育成できるか、日々考え続けている。

中室 私は経済学の理論とデータを用いて教育を分析する教育経済学の研究者だ。教育は定量的な質の測定や可視化が難しく、質の高低が価格に反映されにくい。

日本の認可保育所の保育の質を「保育環境評価スケール」を用いて測定したところ、日本の保育の質は米国と比べても決して低くはないことが分かった。一方、口コミなどによる保護者の満足度調査の結果と、私たちが行った測定の結果に相関はみられなかった。

公定価格によって利用料が固定され、利用者も評価が難しい教育の質をどのように高めていけるか。そうしたことに関心を持っている。

田中 IT分野のジェンダーギャップを教育とエンパワーメントを通じて解消することを目指すNPO法人、Waffle(ワッフル)を運営している。主な事業は、女子とジェンダーマイノリティーの中高生、大学生、大学院生向けIT教育プログラムの提供だ。

日本のIT分野のジェンダーギャップは能力的な差ではなく、教育構造やジェンダーバイアスから生じている。直近のPISA(国際学力調査)の結果をみると、日本の女子の科学の成績は78カ国・地域中世界6位だ。数学は7位で、アメリカの男子の成績を上回っている。「理系は男子ばかりで苦労するよ」といった周りの大人の声かけが、ITに興味を持つ女子学生の進路を変えてしまうことも多いようだ。

取り払うべき大人の偏見

石塚 女子は理系に向かないといった大人の無意識の偏見が、子どもの可能性を摘んでしまうことは大きな問題だ。どうすれば乗り越えられるか。

出雲 「その子のことを思っての発言だった」で済ませてはだめだ。企業の国際競争力や一人あたり生産性など、多くの指標で日本が世界に負けている理由はこうしたところにもあると思う。

起業家の育成にも同様の課題がある。現状、自分の子どもから起業家になりたいと相談されたら、多くの親は「無理だ」と答える。経営者も新事業を提案する若手社員に「検討しろ」と突き返している。わが子、わが社員は起業家になれない、アントレプレナーシップを持っていないという思い込みを外し、徹底的に応援すべきだ。

中室 子どもの能力を伸ばしたいという親の思いから首都圏で中学受験が過熱している。背景にあるのは、学力の高い友人に囲まれれば成績が伸びるという期待だ。

しかしいくつかの研究は、もともと学力の低い生徒が学力の高い生徒と交流すると、かえって学力が低下することを明らかにしている。第1志望への滑り込み入学より、第2志望に上位で入学する方が、その後の進路に好影響を与えやすいと示唆されているのだ。

「井の中の蛙効果」と呼ばれるこの現象は、周囲との相対比較を通じた自己評価の低下が、教育投資行動にマイナスの影響を与えるために起きると考えられる。

成功体験積ませる工夫を

田中 学生たちに関わる中で、自己効力感は自然と育つものではないと痛感する場面が多々ある。文系大学生向けのITエンジニア育成プログラムでは、技術習得の速度が周囲より遅れていることなどを気にして研修に顔を出さなくなる学生もいる。そうした学生には、「あなたなら大丈夫」「あなたの長所が、将来こういう領域で生かせるよ」とスタッフが繰り返し声掛けをする。最終的にITの道に進まないとしても、プログラムを完走したという成功体験が将来の糧となることを願ってエンパワーメントしている。

子どもや若者の自己効力感を伸ばすには、成功体験を得られるようなプログラムを提供し、完遂するために手厚く支援するといったことも必要だ。

出雲 私も子どもの自己効力感の改善は大きな課題と捉えている。日本財団が、日本や米国、中国などの6カ国の若者を対象として行った国際意識調査によれば、「自分は責任がある社会の一員だと思う」と答えた日本の若者は48.4%で最も少なかった。さらに衝撃的なのは、「自分で国や社会を変えられる」と答えた日本の若者が26.9%に留まることだ。これも6カ国中最下位だった。

石塚 現在の日本の教育のあり方と、子どもの自己効力感の低さに関連性はみられるか。

中室 日本の子どもの自己効力感は学年と共に低下することが観察されている。偏差値のような相対的な評価軸が重視されすぎることで、他者との比較によって劣等感を抱える子どもが増えるのではないか。

また、女子学生の進路に影響を及ぼすと考えられるものの一つに競争心の低さがある。一般的に、女性は複数人で徒競走をするよりも一人で走った方が速く走れるなど、競争を嫌う性質がある。それが、理系分野などの競争が激しい分野に女子が少ない理由の一つではないかと指摘されている。

田中 ジェンダーギャップの解消はITを含む理系領域における大きな課題の一つだ。選出方法を競争的でない方法に変えるなど、制度の見直しが効果を発揮するというのは新しい発見だ。

現行の評価基準や社会制度、進路選択のシステムは女性やマイノリティーにとって不利ではないかという視点で見直し、改善していくことを社会にも強く求めたい。

学外の学びの場拡充へ

出雲 今後、子どもたちの人生の選択肢に起業家が当たり前に加えられるような社会をつくりたい。

欧米では、起業家と話したり、スタートアップについて学ぶ機会が学校教育の一環として提供されている。しかし日本では高校在学中に起業家に会ったり、起業について学んだりする生徒は全体の1%ほどだ。残りの99%は起業に関する学びの機会に一度も触れないまま高校を卒業する。現状の教育制度から多数の起業家が輩出されるわけがない。

昨年政府は「スタートアップ育成5か年計画」を発表し、ユニコーン企業(非上場で企業価値が10億円を超える企業)を100社創出し、スタートアップを10万社に増やす目標を掲げた。達成には、起業家教育の拡充が必要だ。私自身も全力を挙げて取り組むと共に、様々な組織や企業と連携し、社会的な取り組みも加速させたい。

中室 最近気になることとして、現在進められている高校や大学などの授業料の無償化に関する議論がある。望ましいのは質の高い教育を無償化することだが、学校側には授業料無償化後に教育の質を高めるインセンティブがない。教育の質保証の道筋が示されぬままに無償化をして、学校は子どもたちの能力を高めることができるのか。社会的な議論が必要だ。

田中 起業には自分で考える力や、チームで協力しながらプロジェクトを完遂する力が必要だ。学校教育だけでこうした能力を身に付けるのは難しい。学校以外にも様々な学びの場を設ける必要があると感じる。そうした学ぶ機会の拡充が、子どもが自らの長所や志向性を知って自己効力感を高め、さらに積極的に学ぶといったスパイラルを構築すると期待している。

石塚 子どもの自己効力感を高めるために、教育以外の領域からもできることがありそうだ。今後も社会の知見を結集し、教育をよくするための議論を続けたい。

 

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