■記念シンポジウム① α世代・Z世代が未来を担っていくために
平原氏 対話で境界は溶ける
上原氏 北欧流の収益確保で
能條氏 少数派を経験しよう
陶山氏 人を巻き込んで新しいものをつくるには熱量がいる。この熱量を持つ、きっかけは何か。
平原氏 世界の社会起業家らと日本の学生をオンラインでつなぐ事業や、企業のSDGs(持続可能な開発目標)をコンサルティングする事業などを手掛けている。世界にある様々な境界を「溶かす」のがテーマだ。
私は幼いころから中国やカナダの学校に通うなど、様々な宗教や価値観がある国に行った。現地の人たちとつながる中で、それぞれの文化の間に境界があることに気付いた。どんな境界にも歴史や経緯があるため、いきなりなくすのは難しい。対話をするなかで、少しずつ境界を溶かしていくことが大切だと思うようになった。
能條氏 20、30代女性の政治参加を支援する活動をしている。私は大学に入るまで、学校の成績に振り回される人生を送っていた。入学して次の目標を考えるなかで、社会のために何かをしたいと考えるようになった。大学生のころに休学し、若い世代の投票率が高いデンマークに留学したところ、政治や社会の問題に対して知識を持っている人が多いことに驚いた。知識の差を埋めるためにインスタグラムで分かりやすく社会の活動を伝えている。
ただ、知識だけでは不十分だ。社会に対して問題意識を持って、行動することにつながる発信ができればと思う。政治参加といっても立候補や投票以外に、ボランティアなどがある。現場で見えてくる課題もある。
上原氏 今回の日経ソーシャルビジネスコンテストでは中学3年生が入賞するなど若い人が活躍している。若い人たちの力は世界の次の価値を生み出す源流になる。新しい価値をつくるイノベーションに必要なものは3つある。まずは人間力、感情を共有できること。2つ目は社会との接点。3つ目は将来を見据えることだ。
陶山氏 自分の思いを言語化することは難しい。どのように出力していけばいいか。
平原氏 世界で様々な人と出会う中で、誰かが私の思いを言語にしてくれた。「世界中の境界を溶かしたい」という今の私の目標に気付かせてくれたのも周りの同級生だ。
能條氏 私も様々な人との出会いで、やりたいことに気付いた部分がある。大学時代、友人と一緒にフィリピンにあるNPOへボランティアに行ったことがある。現地の貧困層の子どもにとって大学に行くことは大変なことだと説明されて衝撃を受けた。
上原氏 ソーシャルビジネスを広めるにあたって、教育は非常に大切だ。北欧では収益をあげることの大切さを教えている。適切な経済価値を生まなければ持続性がない。
平原氏 私は当事者の声を軸に社会課題の解決を目指す教育事業に取り組んでいる。世界の社会起業家に現地の社会課題を日本の学生へ提示してもらう。インフラなど日本では当たり前のことも海外にはないものがある。お互いの国の事情を知らないからこそ出てくる解決策もある。日本の学生は言語の壁にぶつかりがちだが、周囲に後押しされながら進化している。
能條氏 「初めて投票に行った」「家族と政治について話した」など友人らの応援に支えられ、活動を続けてきた。自分がマイノリティーになる経験をしてほしい。地域の活動に参加すると、自分は気付かなかった課題に気付く。様々な年代と接することで自分ならではの強みに気付くこともある。
平原依文氏(ひらはら・いぶん) 22年、HI合同会社を設立し代表。フォーブスジャパン21年度「今年の顔100人」に選出。
能條桃子氏(のうじょう・ももこ) 慶応大大学院2年。若い世代の政治参加を促す一般社団法人「NO YOUTH NO JAPAN」代表などを務める。
■記念シンポジウム② ソーシャルビジネスを「事業化」していくには?
小嶌氏 お金の仕組み構築を
更家氏 理念共感の輪が支え
大場氏 腹落ちしたこと全力
山中氏 事業について「社会的インパクト」「マネタイズ」の観点で紹介してほしい。
更家氏 衛生の総合メーカーとして、様々な衛生商材を国内外で販売している。洗浄剤の原材料のヤシ油を調達しているため、熱帯雨林の保全など生物多様性の維持に取り組む。発展途上国の衛生環境の向上も目指す。「100万人の手洗いプロジェクト」と銘打ち、手洗い活動の普及や手指消毒の周知活動などをウガンダで行った。
小嶌氏 自然界へのごみ流出解決を目指す。我々のサービス「タカノメ」では気象観測システムのようにごみの分布状況などを調べられる。どの地域に清掃などの予算を集中させるか戦略を練りやすくなる。ごみ拾いSNSの「ピリカ」も企業の利用が広がり、企業の社会的責任(CSR)部門が予算をつけることや、PR・マーケティング予算をつける会社もある。
大場氏 アフリカの農村に通信インフラを届けている。自社のサービスは設置コストが6万円ほど、設置時間は1時間程度で採算の問題をクリアした。職業訓練動画をスマートフォンで見放題にし、日本円で月額1200円ほど課金してもらう。現地の人には安くはない額だが、利用者の50%が課金ユーザーになった。
山中氏 収益と社会的影響のトレードオフをどうみるか。
小嶌氏 社会課題の中には、ビジネスで売り上げを生みづらい分野がある。いきなり全てを解決するのは難しくとも、一部を解決できることもある。ごみは、たばこや飲料の容器など区切ることで、誰かがお金を払える仕組みになるだろう。
大場氏 共感する。自社の場合は村内で収入が高い人が使える状況をつくって、次にその家族が使えるようにする。シェア5%、10%と時間軸を切り分けて利益を追求するのも大切だ。
更家氏 持続可能なパームオイルを使うと原価は上がり価格転嫁が必須。顧客や取引先に理念の共感を広げる必要がある。
山中氏 社内で新規事業を始めたくても、役員らから了承を得られないという声を聞く。
大場氏 会社員時代に社内のビジネスコンペなどに応募していた。成長予想など、数字をつくりがちだが、現実離れをしてはいけない。事業が軌道に乗るまでの期間などを明記しつつ、足元で始められることを着実にこなすことが大切だ。
更家氏 事業にどんな意義があって何を目指すのか、明確にストーリーを描けないと社内で理解してもらえない。
小嶌氏 大企業の中で課題設定をするのは、順序が違う。自身のやりたい事業を先に考え、大企業の中で事業化できそうならやればいいし、難しければ社外でやるという選択肢もある。
大場氏 大企業にいなくても、事業の意義は常に問われる。会社からダメといわれてもやめないくらいの意志が必要だ。
山中氏 これから起業を目指す人にメッセージを。
更家氏 企業で事業開始を志す人へ。社内で協力者を説得するためには自分の中で何がしたいのか、着地点は何なのかを明らかにしてほしい。
小嶌氏 学生へ。色々な人の言葉が参考になる場合もあれば、ならない場合もある。起業家は言われたことをやるだけではダメで、自分たちにしかできないことを試し、知ることが大切。
大場氏 起業を決意している人へ。創業から大変なことは多々あった。続けられたのは自分の中でやりたいことが腹落ちしていたから。人生をかけるに値するかを考えてほしい。
小嶌不二夫氏(こじま・ふじお) 京大院の時代に世界を放浪し、世界のごみ問題の解決を志す。11年にピリカを創業、代表取締役。20年度環境スタートアップ大臣賞を受賞。
大場カルロス氏(おおば・かるろす) Amazonやリクルート、WASSHAなどでアフリカを含むグローバルの新規事業開発や経営に従事。21年10月にDots forを創業、CEO。
<受賞団体>
■大賞 ピリカ――ごみ拾い見える化
適切に処分されなかったごみは河川を通じて海洋に流出するなどし、世界規模の問題となっている。清掃活動を営む人らが活動記録を投稿したり情報交換したりして活動を促進、効率化するSNSが「ピリカ」だ。2011年の創業以来、100超の国で2億個以上のごみが拾われた。創業前に京都大学の大学院生だった代表取締役の小嶌不二夫さんは、世界各国で路上などにごみが投棄されるのを目にし、友人らと起業した。
企業の社会的責任(CSR)などの一環で導入を促したり、自治体にデータを提供したりして収益化につなげる。自治体との協業が広がる中「地域の環境課題を解決したいという熱い思いを持った行政職員らと多く出会った」(小嶌さん)という。
もう一つの柱となる事業が「タカノメ」だ。スマートフォンなどにシステムを入れると、カメラで撮影した路上の動画からごみの種類や量を解析。車などにスマホを搭載して巡回すれば、地域のごみの分布状況を地図上で可視化できる。
小嶌さんは「世界規模で問題を解決するには、清掃活動の効果を測定するものさしが必要」と強調する。直近1〜2年ほどはタカノメの仕組みを各国に広げることに注力するといい、東南アジアや欧州などで既に実証実験を始めているそうだ。
■優秀賞 On-Co――空き家解決、逆転の発想で
物件を探す人の人柄や挑戦したいことなどの情報を掲載し、大家向けに提供する「さかさま不動産」。逆転の発想で空き家問題の解決に取り組む。
親族から受け継いだ旧家などは大家が貸したがらないことが多い。大家の心を動かすためには「この人なら大切な場所を託してもいいというストーリーが必要だった」(代表取締役の水谷岳史さん)。
20件ほどが成約した。オーダーメードの自転車店やシーシャ(水たばこ)のカフェなど空き家の活用が進む。地方では発信力のある若者が1人来ると、その人に興味を持った別の人が訪れ、加速度的に人が集まる好循環も生まれている。
さかさま不動産は「支局」として全国に広がっているが、水谷さんらは成約の報酬を受け取っていない。「社会を変える人のつながりを創出することが重要」という信念があるからだ。
■優秀賞 Dots for――アフリカ農村、ネット接続
アフリカの農村で安価に無線ネットワークインフラを構築するサービスを手掛ける。Wi-Fiルーター、発電用の太陽光パネルを何カ所か置き、村全体をカバーする。通信環境が整えば動画で職業訓練を受けられ、仕事を見つけるきっかけになる。
新卒で日本マクドナルドに入りアルバイトの高校生らの指導に関わった。仕事に不慣れな高校生も活躍できる環境を整え、指導すれば、半年後には後輩らを指導するまで成長する。環境や教育の重要性を感じた。
スタートアップのWASSHA(東京・文京)で発光ダイオード(LED)ランタンのレンタル事業のためタンザニアの村々を巡り、電気やインターネットを使えない人がいると知った。「通信があることでフランス企業のコールセンターのオペレーターをするなど、先進国の労働市場にアクセスできるようになる」(大場カルロスCEO)
■学生部門賞 渋谷教育学園渋谷中学校3年生――エコな行動、ポイント付与
会社員の「マイボトルを持参する」といった環境に配慮した行動にポイントを付与するアプリ「ECOCATE(エコケイト)」を考えた。ほかの社員のポイントも見ることができ、社員同士で競うことで行動を習慣にする狙いだ。
メンバーが小学生の時に受けた持続可能な開発目標(SDGs)の授業がきっかけ。プラスチックが海に流れ込み、海洋生物に危害を与える「マイクロプラスチック」の問題を知った。
親たちが会社で期間内に歩いた歩数などを競う「健康習慣」から着想を得た。「健康的な活動もエコな行動も1人で続けていくのは難しいけれど、みんなでやれば毎日続けられると思った」(春名美乃莉代表)
春名さんは「環境問題に一番責任を負うのは今の子ども。大人を巻き込んで、社会全体でしっかり向き合いたい」と話した。
※所属や学年などは2023年3月時点