働く場を選ばないリモートワークが定着し、人や経済の流れが東京一極集中から地方へと広がりを見せる。その受け皿となるべく、都市にはないゆとりと環境を備えた魅力あるまちづくりが各地で始まっている。日本経済新聞社が先ごろ実施した持続可能な経済循環を考えるフォーラム「アフターコロナの地方創生」でも、全国各地で進む最新の事例が次々と紹介された。新たな地域づくりを「自分ごと」としてとらえ、産学官民一体で進む活性化への取り組み。現場の最前線に立つ識者、専門家の提言と併せ、これからの地方創生のあり方を探る。
全国のまちづくりを支援
都市再生機構 理事長
中島 正弘氏
1955年に設立した日本住宅公団は、現在は都市再生機構(UR都市機構)として賃貸住宅・災害復興支援・都市再生を主な業務としている。地方都市のまちづくりでは35道府県、90の自治体を支援。地域資源を生かした取り組みを進め、地方都市とUR賃貸住宅をつなぐ「URふるさと応援プロジェクト」などのイベントも開催している。
長野県では、県とUR、東京大学と信州大学による「信州地域デザインセンター(UDC信州)」を設立して県内の市町村のまちづくりを支援している。その一環として、諏訪市の上諏訪駅周辺の活性化に向けた未来ビジョンづくりや官民連携体制の構築、市有地や公共施設の利活用を手伝っている。岡山県津山市は、津山城跡をはじめ、様々な歴史的・文化的資源が残る城下町だ。この地区ならではのビジョンづくりや、歴史的建造物を生かした交流拠点づくりをお手伝いしている。
URは今後もまちづくりにおける「官民連携」の重要性を意識し、引き続き担い手となる方々とともにまちづくりを進めてまいりたい。
共に手掛けることが大切
長野県諏訪市長
金子 ゆかり氏
高齢化と人口減少を乗り越えるべく、諏訪市はコンパクトシティーを目指して「立地適正化計画」を2019年に作成した。上諏訪駅周辺は公的施設や病院、観光地や店舗などの集積があることから、このエリアを最も大事な「都市機能誘導区域」に設定。同年5月には上諏訪駅前の新ビルの3階フロアを全面買い取り、駅前交流テラス「すわっチャオ」をオープンした。8年前の市長就任時から「市民と共に苦労して手掛けたものが大切」と考え、市民ワークショップを開催し、手を挙げた皆さんと会話を重ねてアイデアを策定してきた。その結果「すわっチャオ」は「あつまる!つながる!はじまる!」をテーマに、貸会議室や多目的スタジオ、キッズコーナーなどを備える場となった。
通期での観光資源も強化すべく、マニフェストとして「観光グランドデザインをつくる」を掲げて取り組んできた。観光庁の「観光地の高付加価値化事業」で採択いただき、十数軒の旅館でバリアフリー化を行い、車いすでも観光できるユニバーサルツーリズムを推進。ポストコロナ時代のワーケーション対応のリフォームも進めている。
諏訪市には中心市街地にある湖畔の7㌶の工場跡地や、隣接する登録有形文化財指定の旧北澤会館こと諏訪市文化センター、人気の五蔵の酒屋など、様々な強みがある。強みをいかにつないで、まちなかのにぎわいの誘導エリアをつくるのかが重要だ。UR都市機構や長野県のUDC信州とも連携協力しながら、官民連携で「上諏訪駅周辺未来ビジョン策定会議」を進めており、多くの皆さんからご意見をいただき共に〝わがこと〟として取り組んでいる。また、多様な担い手を増やす場として、まちづくりを議論する「エキまちカイギ」も進めている。
私たち行政は、責任を持って未来につなげるまちを残したいという思いを持つ。私たちだけでは行き届かないことが多々あるため、市民やUR、UDC信州と共に取り組むことが一番大事だと考えている。諏訪市の様々な素材、特色、強みを生かして、住み心地の良い、喜びが持てるまちをつくっていきたい。
活性型行革日本一へ
岡山県津山市長
谷口 圭三氏
より良い新たな津山の未来を築くために、津山市では8つのビジョンを掲げ取り組みを進めている。そのうち「都市機能」のビジョンの具体策としては、昨年5月にデジタル社会の実現に向けて実行計画を策定。市内2カ所にテレワーク施設を開設して関係人口の創出を図り、今年3月には「津山スマートシティ構想」を公表予定だ。また、津山の歴史的背景を生かして魅力を発信する「津山まちじゅう博物館都市構想」を策定。それと連動して地域の発展をけん引する「津山城下まちづくりビジョン」を具現化する。津山国際ホテル跡地の活用については、ふるさと財団の支援事業を活用しながらUR都市機構や専門家にもご支援いただき、人々が行き交う魅力的な場所にしていく予定だ。
「観光都市」のビジョンでは、観光客年間250万人に向けて取り組みを進めている。春の「津山さくらまつり」をメインイベントに、春夏秋冬の津山をPRできるイベントを開催。食文化を観光に役立てるべく農水省の「SAVOR JAPAN(農泊食文化海外発信地域)」の認定を受け、牛肉食文化・つやま和牛を国内外にPRしている。歴史文化の保存・活用の取り組みでは、共通する歴史的背景と〝津〟の字を持つ中津市・津和野町・津山市の「蘭学・洋学三津同盟」を締結。今年は明治の学術団体「明六社」創設150周年であり、蘭学・洋学のまちを積極的にアピールして相乗効果を図る。
「行財政改革」のビジョンでは、従来の減量型の行革のみならず、民間活力、公民連携の取り組みの強化や、公有財産の有効活用などで日本一の活性型行革を目指す。公共施設などのさらなる利活用を図るために民間提案制度を導入。公民連携でサービス内容の充実とビジネス機会の創出、行政のコスト削減を図る。
広域的な視点から津山が果たすべき役割は2点。一つは圏域の中心都市、拠点都市としての役割。もう一つは基礎自治体として生活に対する満足度を上げていくことだ。キーワードは快適とアメニティー。定住自立圏の事業の充実を図り、誰もが輝く拠点都市・津山を再興していきたい。
【パネル討論】
担い手の努力、各地で結実
和田デザイン事務所 代表取締役 和田 優輝氏
ReBuilding Center JAPAN 代表取締役 東野 唯史氏
フォーティR&C 代表社員 まちづくりコンサルタント 水津 陽子氏
陽と人 代表取締役 小林 味愛氏
コーディネーター
東京大学 特任教授 松村 秀一氏
松村 まちづくりの現場では、民間活用を考える地方公共団体が増えると共に、まちづくり会社としてまちづくりに携わる民間の担い手も増えている。両者をどのようにつなげ、推進体制を整えるかが課題だ。
和田 津山市はUR都市機構などと協定を結んでまちづくりに動いており、私も建築家の一人として協働している。ただ都市開発には10年、20年とかかり、後ろを振り返ると若い人がいないことになりかねない。地元の大学に学びたいことや就職先がなければ地域から出ざるをえない「18歳の崖」をどう克服していくかがまちづくりの中心課題だ。
水津 ある自治体の転入者向けアンケートでは、地域のつながりや助け合いを6、7割の人が「必要」と回答している。まちづくりに参加してもらうには、その人にとっての「自分ごと」をつくることが大事だ。多摩平の団地再生でURが住民と市のワークショップを通じて魅力的な地域をつくったように、企業が地域に入ることを期待している。
東野 当社は長野県諏訪市の建築建材のリサイクルショップだ。古材や古道具を買い取って販売したり、制作・設計に用いている。リノベーション可能な古い物件でも、活用されずに解体されるのは残念だ。家が寒いという問題や、若手人材確保が困難、豊富な自然エネルギーの活用不足などの課題もある。ただ、課題が多いことをブルーオーシャンが広がっていると捉え、強みにも変えていける。
小林 当社では福島の農業課題と女性特有の健康課題を解決すべく事業を展開。「目に見える課題」は、基幹産業の農業がもうからなくなってきたこと。一方で「目に見えない課題」は、極めて同質性が高いことだ。新しいものを生むには様々な考えや立場で意見を出し合うことが必要だが、地域の慣習がイノベーションを阻害している。
地域の場づくりが重要
松村 課題にどう取り組んでいるか。
小林 事業開始時は絶対無理だといわれていたが、今まで価値のなかったものから新しく必要とされる商品をつくり売れることを示すと地域の反応が変わり「面白いね」「仕事に男も女も関係ないな」と言われるようになった。産業構造を変える中で、価値観の変化が生じることにやりがいを感じている。
和田 「18歳の崖」にブリッジをかけるために、3年前に「津山城下ハイスクール」を設立。ボランティアや社会教育に興味がある市内6高校の生徒に門戸を開き、市やURと共に活動している。「週末の社会実験イベントでベンチをデザインする」といった課題を出すことで社会参加の機会ができ、まちづくりの当事者意識が芽生える。ある博物館の魅力をデザインした時には、普段の2倍の集客があり、好評だった。
東野 空き家の賃貸や売買、不用品買い取りを実施し、エリアリノベーションでまちの景色を変えていきたい。諏訪市とURの協業で行われる市民自由参加のまちづくり会議「エキまちカイギ」では新しいパートナーと出会えた。移住者だから気付けることもあるので積極的に発信している。
水津 地域活性化は、住民が一つとなり、ビジョンを持って取り組む状態をつくることが大事だ。例えば福井県大野市九頭竜・和泉地区では、合併による危機感から、住民が自治会を設立。コンビニを誘致するなど、様々な計画に基づき地域資源を生かしたまちづくりに地域一体で取り組んでいる。また地域がオープンで、外から来た人のアイデアを取り入れようとする機運も大切だ。
まちおこし点から面へ
松村 今後の展望は。
東野 諏訪信用金庫から提案いただき、まちづくり会社を設立してエリアリノベーションを進めている。まだまだ産業廃棄物として捨てられている木材や古道具は多い。参入を増やすべく、まねしてもらうビジネスモデルを構築していきたい。全国にノウハウを拡充して、私たちの目が届かず捨てられてしまう古材や物件を活用していってほしい。
和田 まちおこしはどうしても「点」の活動になりがちだが、市やURとビジョンを描きながら「面」につながる活動へとつなげていきたい。
小林 次世代に残す持続可能な地域を目指し様々な事業を展開している。今後も必要とされるものをつくり地域の産業を支える。プロダクトの販売にとどまらず、企業や自治体で多様性やフェムテックに関する研修を行い、その価値観を伝えていきたい。
水津 若者や女性など、これまでまちづくりに参加してこなかった人が「行ってみよう」と思える場をつくることが大事だ。そういう人が楽しいまちづくりをする場ができると、自然と新しいアイデアやプレーヤー、プラットフォームビルダーとなる人が出てくるのではないか。
松村 民間サイドと地方自治体、公共団体で発揮できる能力にはそれぞれ違いがある。本日の事例のように、URのような他にはいない位置付けの組織を活用して、人材育成や地域間交流の機会をつくることが大切だと思う。
アフターコロナの地方創生〜具体的事例から考える持続可能な経済循環
【主催】日本経済新聞社
【共催】都市再生機構
【後援】内閣府