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チャットGPTを1歩先行? 将棋AIの可能性と次の壁 将棋AIはどこまで進化するか② 谷合廣紀・プロ四段(下)

イノベーション AI 将棋 思考法

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藤井八冠・菅井八段の王将戦、光る序中盤の駆け引き

2024年初頭から始まった藤井聡太王将と菅井竜也八段の王将戦7番勝負で、戦型は予想されていた通り、菅井八段の「振り飛車」に藤井王将が「居飛車」で対抗する将棋になっている。現在の勝敗は藤井王将が一方的にリードしているが、将棋の内容はいずれもジリジリとした対抗形らしい序中盤の駆け引きが印象的だった。持ち時間の長い2日制のタイトル戦で、このような将棋を堪能することができるのはうれしい限りだ。

最近は「三間飛車」(3筋に飛車を移動させる戦法)の採用率が高い菅井八段だが、これまでいろいろな種類の振り飛車を指しこなしてきた棋士だ。序盤に工夫を見せるなら菅井八段の方だろう。追い詰められたスコアからどんな戦法を用意してくるかがポイントだ。

ヒトの棋譜は不要、AI同士の対戦で強化学習

現実と見間違うほどの高品質な画像や、流ちょうな言葉を紡ぐ生成AI(人工知能)が登場した現代では、AIがツールとして日常生活に深く浸透している。こうした生成AI全盛の時代に、将棋AIの立ち位置を考えることは興味深い。

実は生成AIで使われる技術は、将棋AIと深く共通していたり、似たような発展の歴史を持っていたりする。例えば、現在の将棋AIはAI同士の対戦で強くする「強化学習」と呼ばれる手法が広く採用されている。数年前までは将棋AIの学習には棋士の棋譜も活用していたが、今では人間の棋譜は一切使っていない。人間の棋譜に頼らずにAI同士で対戦した棋譜で学習したほうが、将棋AIは強くなるというのが現在の常識になっている。

このような話は最近になって、生成AIでも出てきている。対話型AI「Chat(チャット)GPT」のような文章の生成AIにおいて、AI自身が高品質な文章を生成してそれで学習することで、モデルの質を高めるアプローチが提案されている。すなわち性能を高める目的では、もはや人間の文章に頼らなくて良い可能性が示唆されている。このように将棋AIは時折、人間対AIという構図だけではなく、技術面でも先駆的な役割を果たすことがある。

将棋AIは改善の余地大きい 技術革新が今後訪れる可能性も

ここ数年の将棋AIは技術的に大きな発展はない。しかし、それは現在の将棋AIのアルゴリズムが完成されたものだということを意味しない。むしろまだまだアルゴリズム的な改善の余地は多く残されているだろうし、とんでもない技術革新が今後訪れる可能性もある。

将棋AIがさらに強くなるための可能性として「モデルサイズ」の増加が挙げられる。モデルサイズとはAIの性能に直結する要素で、基本的に大きいほど性能が良くなる傾向にある。最近の生成AIが成功した理由のひとつに、モデルサイズを大幅に増加できたことがある。一方で、将棋 AI のモデルサイズはあまり大きくなっていない。

具体的には、チャットGPTの一番性能が優れたモデルのパラメーターの数が1兆ほどと言われる一方、広く使われている将棋AI のパラメーターは数千万ほどしかない。実験として大きなモデルも試されてはいるが、たかだか数億程度のパラメーターしか持っていないだろう。将棋AIのモデルサイズは最先端の生成AIとは比べものにならないほど小さい。

もちろんモデルサイズをただ大きくすればいいというものではない。モデルサイズが大きくなっても、学習させるための十分なデータがなければすぐに性能は頭打ちになってしまう。しかし、それ以上に問題なのが大きなモデルを作ることは費用がかかるということだ。

チャットGPTのような自然言語モデルは、性能が良ければ多くのユーザーが利用するため、開発に多くの資金が投じられる。一方、将棋AIはそのような収益性を持たず、大きなデータや計算リソースを要する実験はあまりできていないのが実情だ。モデルサイズの増加は棋力を引き上げる可能性はあるが、時間や費用といったコストが問題になってくるアプローチだ。

オセロゲームは2023年に「弱解決」 将棋は「解決」されるか

2023 年にオセロゲームが「弱解決された」という論文が発表された。弱解決されたとは、双方が最善で指し進めた場合の結論が厳密に導かれたということを指す。その論文によると、オセロゲームは双方が最善で指し進めるとどうやら引き分けになるらしい。将棋でもいずれこのような結論が導かれるだろうか。

こういった話のときによく問題となるのがゲームの複雑さだ。ゲームの複雑さの測り方はいろいろあるのだが、よく使われる「探索空間」の大きさだと、オセロゲームが10の60乗通程度、将棋は10の220乗程度と言われている。その差は歴然で、少なくともオセロゲームと同様のアプローチで弱解決されることは現在の技術の延長線上にはないと言っても過言ではない。

計算機科学において、将棋の強いAIを作ることはできても、将棋の結論を見るにはまだまだ遠い。しかし、部分的であれば将棋でもいずれ結論めいた結果が得られるだろうと期待している。ゲームとしての将棋がどのような性質を持っているか、とても楽しみだ。

将棋AIは分かりやすくなるか

将棋AIの発展の可能性として最後にあげるのが、将棋AIの「解釈性」だ。解釈性とは将棋AIがなぜその最善手を示すか、なぜ先手が良いというのか、といった判断の根拠を人間にとってわかりやすく示すことを指す。現在の将棋AIは局面を与えると、最善手や形勢を返してくれる便利なツールとなっているが、その理由までは教えてくれない。実際に使いこなそうと思うと、その理由は人間自身が推測して考える必要があるため、まだまだ高い棋力が要求されているのが実情だ。

将棋AIがなぜそういう結論を出すのかといったところまで教えてくれるとユーザーとしてはとてもありがたい。これを応用すれば、局面を与えると初心者にもわかりやすく解説してくれるAIも作成できるだろう。解釈性の高い将棋AIが実現できれば、幅広いプレーヤーの獲得、そして普及にも活用の幅は広がるだろう。

将棋AIの可能性として、モデルサイズの巨大化・ゲームとしての解決・解釈性の3つを挙げた。将棋AIは将棋の可能性をこれまで以上に広げてくれる存在だ。将棋AIにおける技術の発展は、将棋の戦術の幅を広げ、将棋がより多くの人にとって楽しめるエンターテインメント性の向上に寄与してくれるに違いない。

(将棋棋士 谷合廣紀)

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