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米国の保守系で強まる「反ESG」 23年株主総会 保田隆明・慶応義塾大学 総合政策学部教授㊦

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前編では、日本の株主総会におけるESG(環境、社会、企業統治)に関連する議論の高まりを見た。近年の日本の株主総会においては、短期株価上昇につながりうる増配や自社株買いなど、財務戦略に関する話題が多かったが、2023年は人的資本経営関連など、中長期を見据えた議論が増えており、株式市場と企業の間での健全なエンゲージメントの醸成につながっていくきっかけになるかどうかが注目される。

米保守系シンクタンクが反ダイバーシティーを株主提案

一方、米国において23年の年次総会で最も顕著なのは、一部の株主による反ESGの動きである。23年5月までの米国企業の年次総会では、株主提案の件数は過去最高となった。大きな要因に投資家の反ESGの潮流がある。米投資助言会社のISS Corporate Solutionsによると、反ESGに関する提案が22年から大幅に増加した中で最も多いのが、ダイバーシティー・アンド・インクルージョン(D&I)推進への反対で、全体の3分の2を占める。D&Iとは多様な人材を受け入れ、その能力を発揮させる考え方のことである。その提案者として筆頭に上がるのが、全米公共政策研究センター(NCPPR)などの保守系シンクタンクだ。

米ハーバード大学のフォーラムに投稿された論考によると、NCPPRと同様の保守系シンクタンク、保守系のファンドが提出したD&Iに関わる反ESGの提案は、物流のUPSや家電小売ホーム・デポ、ペイパルをはじめとする企業に提出された。例えば、ホーム・デポでは22年、人種平等に関する監査の株主提案があり、63%の賛成を得たが、23年にNCPPRはそれを無効にする提案を出した。

トランスジェンダー登用のバドライトを直撃した不買運動

反ESGのきっかけは、22年に世界各地でESGファンドのウオッシュ(ESGに配慮しているとうたいながら実際にはしていないこと)が相次いで表面化したことだ。欧州ではドイツ銀行の資産運用部門DWSによるESG投資がESGウオッシュではないかという疑惑が浮上し、独当局の家宅捜索を受けて、DWSのトップが辞任する事態となった。米国では米証券取引委員会(SEC)が米銀大手のバンク・オブ・ニューヨーク・メロンの資産運用子会社に対し、ESG情報の開示が不十分で虚偽の情報を記載しているとして、150万ドルの制裁金を科した。

この頃から米国では、ESGが政治的な意味合いで用いられる場面が増えてきている。23年5月、フロリダ州知事で24年共和党大統領選挙立候補者のデサンティス氏は「反ESG法」に署名した。同州政府や年金基金でESG考慮を掲げる投資先への投資やESG債の発行を禁ずる内容で、同様の動きは保守派とされる複数州で起こっている。

企業でも同様の事態が起きている。日本ではバドワイザーブランドで知られる米ビール大手アンハイザー・ブッシュ・インベブの看板商品、「バドライト」をめぐる動きだ。ロイターやウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)の報道によれば、同商品は米ビールで売り上げ首位だったが、よりインクルーシブ(包摂的)なブランドにしたいと考えたマーケティング担当者が、トランスジェンダーのインフルエンサーを広告に起用した。それに対して保守派が不買運動を起こし、売り上げ首位の座から陥落した。同社はここ数年、社員のダイバーシティ・アンド・インクルージョンに関する課題に熱心に取り組んでいた。株主価値よりも広範な社会問題を優先する「ステークホルダー資本主義」を実践したが、今回は消費者の反感を買った格好だ。

反ESG層の矛先は、いち早くESG経営に賛同の意を表してきた資産運用大手のブラックロックやステート・ストリートにも向けられている。ESGを投資の重要テーマと宣言していたブラックロックのラリー・フィンク最高経営責任者(CEO)は、ESGが政治の材料として利用されていることを嫌気し、23年3月に投資家に送った手紙から「ESG」という文言の使用を控えている。

反ESGは限定的? 日欧で開示のための枠組み作り進む

このような米国での反ESGの動きは他の国や地域にも広がっていくのだろうか。 少なくとも、日本の状況を見る限りはバドライトの不買運動のような事態が起きる兆候はない。欧州での肌感覚は直接にはわからないが、英フィナンシャル・タイムズ(FT)の記事によれば、欧州企業で環境・社会問題に関する株主提案が支持される割合は21年の5.5%から22年は10.6%、23年(5月末時点)は11.6%へと上昇している(調査会社ディリジェント調べ)。米国の反ESGの動きは行動自体が目立つので印象は強いが、ESGの流れを逆回転させるほどの動きにはならないだろう。米ブラックロックのように「ESG」という呼称は使わずとも、そのトレンドは不可逆であり、少なくとも欧州や日本では、投資家がESGを投資判断の重要な要素とする動きは広がっている。

開示のための枠組み作りも着々と進んでいる。欧州連合(EU)は21年3月、金融機関に対してESG情報の開示を義務付ける「サステナブル・ファイナンス開示規則(SFDR)」の適用を開始した。23年には上場企業を対象にしてE(環境)・S(社会)・G(ガバナンス)それぞれについて報告が必要な課題を規定する「企業持続可能性報告指令(CSRD)」が発行され、24年から適用となる。

日本でも規制当局による企業のESG情報開示に関する枠組みが整いつつある。23年3月31日以後に終了する事業年度から有価証券報告書にサステナビリティー情報の開示が義務化された。26年からは、公益財団法人財務会計基準機構(FASF)を母体とするサステナビリティ基準委員会(SSBJ)が日本版の基準を策定して導入する予定である。

日本企業の進む道、投資家とのESG対話の重要性高まる

株主総会から見たESGのトレンドとそれが日本企業に与えうる影響について論じてきた。今後の日本企業の進むべき道について整理しておく。

(1)ESG、中でも人的資本に対する株主の注目は、24年以降も続くとみられる。単に女性の取締役登用率だけでなく、彼らの実績や、外部からだけでなく社内からの登用かどうかも問われていくだろう。そのためには、まだ多くの企業で進捗度合いが遅い管理職レベルでの女性比率の上昇が重要になってくるはずである。

(2)女性登用や環境への配慮、経営効率の向上といった事柄に単に取り組むのではなく、企業の理念や経営計画との結びつきを投資家に明確に示すことも一層求められる。最近のパーパス経営の高まりはこれと符合するものである。ただ、このパーパス経営も、掲げるだけではウオッシュになってしまう可能性があるので、実効性を伴う内容にしていく必要がある。

(3)企業は今後、株主総会に限らず、株主と積極的に対話する姿勢が求められる。そのためにも、開示資料は株主との対話のツールとなる。企業の中・長期戦略とESGに関する課題、目標、取り組みにストーリー性があり、それをステークホルダー(利害関係者)に分かりやすく示すことで、説得性が高まる。各社IRの機能、陣容を強化する流れになっているが、それを担える人材が日本では多くないのも実態である。欧米同様、今後日本でも投資家との対話の窓口であるIRの経験が、経営層への登竜門的な1つのキャリアパスとなることも考えられ、ここの人材の育成も急務と言える。

(4)ESG開示に関しては、日本は欧州とともに制度整備が進められている。日本の上場企業ではESGの開示に積極的に取り組む先進企業も目立つ。今後、ESGに関する課題を企業のリスクではなく、株主にアピールする強みにできる可能性は大きい。

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