BizGateリポート/Biz

ESGの「S」がキーポイントに 23年の株主総会 保田隆明・慶応義塾大学 総合政策学部教授 ㊤

人的資本 ESG 企業統治

記事保存

日経BizGate会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。

2023年度の株主総会で株主の注目を集めたトピックが経営陣への女性の参画だった。機関投資家が取締役会に女性のいない企業の取締役会議長の再任などに反対するケースが注目を浴びた。キヤノンの3月の株主総会は、御手洗冨士夫会長兼社長CEO(最高経営責任者)再任に対する株主の賛成率が50.59%にとどまった。その後、同じく女性取締役がゼロだった東レや信越化学工業などが相次いで女性取締役候補を発表した。

PBRが1倍以下の企業に投資家の目線厳しく

背景としては、23年3月末から、有価証券報告書でサステナビリティー(持続可能性)に関する情報記載が義務化されたこと(女性管理職比率や男性育児休業取得率、男女間賃金格差の指標、さらにサステナビリティーに関する考え方や取り組みなどについての記述)があり、今後の株主総会においてESG(環境、社会、企業統治)が一層注目されることとなった。

23年の株主総会では、株主提案が90社、344議案と過去最高を記録した。特に厳しい目を向けられたのは、PBR(株価純資産倍率)1.0倍以下の企業と、取締役への女性登用率が低い企業の取締役・役員再任だった。

PBR1.0倍以下の企業に対し、株主の判断が分かれた例がある。大日本印刷(DNP)と凸版印刷だ。DNPは5月に提出した自社株買いを含めた中期経営計画が評価され、経営陣の選任への反対票は昨年からほぼ変わらなかった。一方で、凸版の経営計画は投資家の評価を得られず、反対票は3割超に達した。企業が発するコミュニケーションで明暗が分かれた格好だ。

他にも、アクティビスト(物言う株主)ファンドからの株主提案に対して賛成票を投じる機関投資家が増えるなど、総じて株主が企業を株式価値向上に資する経営陣かどうかを冷静に見極める流れが定着しつつあるとの印象を受けた。

注目を集めた取締役への女性登用率

次に注目を集めたのが、取締役への女性登用率だ。男女共同参画局の資料によると22年7月時点で、上場企業の女性役員の比率は9.1%にとどまる。東証プライムの上場企業は11.4%だったが、内閣府によると、同年の女性役員比率はフランス45.2%、英国40.9%、ドイツ37.2%、米国31.3%となっている。

日本政府は東証プライム企業の女性の取締役登用を25年度をめどに最低1人を選任、30年までに女性比率を30%以上とするよう促している。NHKの調べによると、23年6月に株主総会を開いた東証プライム上場企業で女性取締役がゼロだった企業は245社で、このうち半分が新たに女性取締役の登用を検討している状況とのことである。機関投資家も企業に直接的な圧力をかけている。取締役の女性登用については、海外の機関投資家だけではなく、国内大手の野村アセットマネジメントなどは、女性取締役不在の上場企業に対して社長や取締役の再任を反対した。

サステナ、パーパスなど開示資料の内容が充実

投資家の企業に対する発言は一層活発になりつつあるが、23年の株主総会を見ても明らかなように、ESGのS(社会)にあたる人的資本に対する注目度は特に高い。この分野について各企業は、今まで以上に株主と対話することが迫られている。

23年3月末以降に開示される資料から、有価証券報告書等においてサステナビリティーに関する情報公開の義務化が始まった。今後、株主がより一層注視するESGに関して、企業と株主との対話の媒介となるのが、企業が発行する有価証券報告書、統合報告書、サステナビリティー報告書等の開示資料だ。

では、どのような形でESGに関する情報を開示すればよいのか?各社の報告書を見ると、義務となった項目だけを開示する企業も多い中、パーパス(存在意義)や理念、中長期計画と結びつける企業もあった。

金融庁は「有価証券報告書におけるサステナビリティ情報に関する開示」の社会(人的資本、多様性等)の開示例(23年1月版)において、投資家・アナリストが期待する主な開示のポイントとして次のような項目を挙げている(一部抜粋)。

・独自性(自社固有の戦略や、ビジネスモデルに沿った取り組み・指標・目標を開示しているか)と比較可能性(標準的指標で開示されているか)の観点を適宜使い分け、または、合わせた開示は有用
・KPI(重要業績評価指標)の目標設定にあたり、なぜその目標設定を行ったのかが、企業理念、文化及び戦略とひもづいて説明されることは有用
・グローバル展開をする企業は、サステナビリティー情報の開示において、例えば、人権に関する地政学リスク等、ロケーションについて着目することも有用
・過去実績を示したうえで、長期時系列での変化を開示することは有用
・人的資本の開示にあたり、経営戦略をはじめとする全体戦略と人材戦略がどう結びついているかを開示することは有用

丸井、アサヒビール、オリックス…訴えたいストーリーが明確に

上記のポイントにのっとり、投資家との効率的な対話のための資料を開示する3社を以下紹介する。

人的資本に関して先進的な取り組みを行う丸井は、労働集約型の小売りから脱却するために事業ポートフォリオ再構築を行い、10年ほど前から人事制度改革や従業員のリスキリングを積極的に行っている。この戦略ストーリーと絡め、「女性の上位職志向」「家庭における男性の家事・育児の分担割合」といった割合から構成される独自の指数「女性イキイキ指数」を設定し、有価証券報告書で開示している。これは女性の管理職比率等の他社と比較可能なKPIとともに同社の人的資本評価にとって有意義な指標であることが分かる。

グローバルで製造・販売を展開するアサヒビールは22年版のサステナビリティリポートで、人権の位置付けを明確化している。人権を同社のマテリアリティー(重要課題)と位置付け、サプライチェーンの人権リスクの把握と対応等を課題とし、サプライヤーにおける人権デューデリジェンスプロセスを一巡させるとしている。関連指標については可能と思われる箇所を地区本社(RHQ)ごとに開示している。22年度版リポートでは、労災比率の複数年にわたる情報をRHQごとに開示した。

23年3月末の女性の管理職比率が29.8%のオリックスでは、女性の活躍を示すワーキングマザー率、育休復帰後の定着率、介護休職取得人数などを時系列で開示している。金融業はまさに人的資本が重要となるが、大手銀行がなかなか女性活躍にうまく取り組めていない中で対照的である。また、冗長的なナラティブ(物語)に頼ることなく、数値で示すという姿勢も投資家にとっては分かりやすい。

その他、企業が自社の非財務資本と企業価値との関係を研究する動きも注目を集める。例えば、エーザイはESGと将来の企業価値(PBR)との研究を重ね、ポジティブな相関関係があることを実証している。また丸井は、人的資本投資に対するリターンに関してIIR(インターナルIR)などの独自の考え方を取り入れて検証を行っている。ただ、筆者が企業や投資家にヒアリングをしてみた印象では、人的資本経営と業績や株価の関係における正相関は理解するものの、重要なのは個別企業で何をすべきかであり、その点を各社まさに模索中という状況である。

以上を総括すると、近年の日本の株主総会における株主の感心は自社株買いや増配など、主に短期的な株価上昇につながりうる財務戦略を中心とした内容であったものが、23年の日本の株主総会はESG推進の流れを受けて、「S」の人的資本領域を中心とした議論が追加されたと言える。ESGに関連する株主提案や諸議論は、中長期の企業業績や株価形成へのインパクトが意識されるものであり、投資家と企業との間でのエンゲージメントの高まりにもつながりうるものであろう。総じて日本の株式市場の健全化と日本企業の経営力の強化という意味ではポジティブであると考えられる。

一方、23年の米国の株主総会に目を転じてみると、反ESGの動きが目立ってきている。後編では米国の動きと欧州の動きを検証する。

記事保存

日経BizGate会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。

人的資本 ESG 企業統治

関連情報

新着記事

もっと見る
loading

閲覧履歴

    クリッピングした記事

    会員登録後、気になる記事をクリッピングできます。