藤井聡太五冠が活躍する将棋界は、棋士ひとりひとりが人工知能(AI)を日常使いする日本のAI先進エリアでもある。中でも異色の存在が谷合広紀四段(28)だ。将棋会館(東京・千駄ケ谷)でプロ3年目の新鋭として対局しながら、3日から「世界コンピュータ将棋選手権」に開発者として参戦する。東京大学大学院などで自動運転の技術にも携わっている谷合四段に聞いた。
10億通りでAIと一致する「藤井の選択」
――藤井五冠の将棋をAIで解析しました(『AI解析から読み解く 藤井聡太の選択 』日本将棋連盟刊)。勝ち続けられる秘訣は何でしょうか。
「藤井五冠の代表的な対局を、1つの局面を始点に分岐していく10億通りの局面でAIにプラスマイナスを計算させました。限られた持ち時間内に、人間が読み切ることは不可能です。しかし藤井五冠は、その10億通りの局面を評価したAIと同じ結論に至る頻度が大変高いといえます。タイトル戦を争うトップ棋士に共通している傾向ですが、藤井五冠はより顕著です」
――名人18期の最多記録を持つ大山康晴15世名人(1923~92年)は「人間は必ず誤る」との冷徹な大局観で、最善手より相手のミスを誘うように指していたそうです。
「プロ棋士は、盤面を見た瞬間に3通りほどの選択肢が直感で浮かび、3択の中に最善手が含まれていることがほとんどです。ただ終局まで連続してベストを選び続けるのは棋士でも難しいです。藤井氏は序中終盤を通じてブレません。『藤井曲線』という言葉があります。藤井氏のライブ対局をリアルタイムでAI解析すると評価値がプラスのまま徐々に差を広げて押し切るプロセスが可視化されています」
「藤井氏も評価値を下げる手を選ぶことはあります。しかし大きく悪化させるポカや悪手はまずありません。ある対局ではAIが瞬時に示した最善手を1時間近く長考して指しました。終盤で銀をタダで捨てる手だったので決断に時間を要したのでしょう。逆にAIが全く予測しなかった飛車切りを決行した一戦もありました。飛車切りの局面まで来ればピンと来ます。その組み立てを10手ほど前から描いていたことが驚きなのです」