国連がSDGs(持続可能な開発目標)で掲げる「海の豊かさを守ろう」。海に囲まれた日本は何をすべきか。ビジネス視点で提言を目指す「NIKKEIブルーオーシャン・フォーラム(日本経済新聞社・日経BP共催)」の有識者メンバー企業のトップに聞き、戦略と課題を考える。第1回はニッスイの浜田晋吾社長が取材に答え、グループが扱う水産物の資源状態調査を通じ、海の食の持続可能性を追求する考えを表明。養殖事業の強化も訴えた。
宮崎ブリ、完全養殖に成功
「人にも地球にもやさしい食を世界に届けるリーディングカンパニー」を掲げた2030年長期ビジョンで海を軸にサステナビリティー(持続可能性)経営を進める
2030年長期ビジョンを22年に公表しました。そこで企業として目指す30年度時点の「ありたい」姿というものを明確にしました。新たにミッションも定めました。その中では、健やかな生活とサステナブルな未来を実現する新しい「食」の創造という考え方を打ち出しています。
取り扱う商品や原材料は水産物が中心となっていますが、農産物や畜産物にも確実に広がってきています。そのどれについても、持続可能な調達にしていかなければならないと考えています。
中期経営計画では、30年度までの9年間を3つの段階に分けました。22年度からの第1期は水産物の持続可能な調達比率を80%にすることや、プラスチック使用量を15年比で10%削減することなど8つの目標を定めています。
資源状態を調べ、30年度までに持続可能な調達比率100%を目指す
グループ全体が取り扱う水産物の資源状態調査を17年に始め、3年ごとに実施しています。初回は自社でできる限りの情報収集と評価をしましたが、客観性が課題だと感じ、20年の第2回は米国の非政府組織(NGO)の持続可能な漁業パートナーシップ(SFP)に委託することに決めました。
配合飼料用の魚粉や魚油も評価対象で、原料から換算します。グループで扱う約271万トンの水産物のうち71%は「管理された状態にある」でしたが、8%は「改善を要する」で、21%は「データが不十分で評価できない」でした。
欧米に比べ東南アジアにはデータがない海域が多い。関係機関と連携して情報収集に努めます。データのない水産物の一部は大学など研究機関や現地の研究施設、行政と協力して調査を始めています。30年度までにすべて管理された状態にするのが目標です。絶滅危惧種は有効な対策が取られない場合、取引を停止すると決めました。
海洋管理団体「SeaBOS(シーボス)」に参加、国際的視点で水産資源管理を探る
世界の水産大手と共に18年設立のSeaBOSに加わりました。最大の特徴は科学者と企業が協力し、科学的根拠に基づいて持続可能な水産業実現に努力している点です。科学的側面からのサポートは大変役立っています。
調査データは開示しています。昔は漁獲海域も企業秘密でしたが、もうそんな時代ではありません。しかし、世界にはSeaBOSに加わっていない水産会社も多く、今や資源の維持なしにビジネスは成り立たなくなっている、という認識を広く共有する必要があると思っています。
持続可能な水産業実現に不可欠の養殖事業の強化・拡大は地域貢献にもつながる
水産物需要は世界規模で増加するでしょう。供給を支えるのは養殖で、持続可能性の面から不可欠と考え強化しています。
海面養殖は南米チリのサーモン、国内は宮崎県などのブリ類、九州や他地域で短期養殖を含めて進めるクロマグロと鳥取、新潟、岩手各県のサーモンがあります。陸上養殖は鹿児島県でバナメイエビ、デンマークでサーモンを手がけています。事業化試験段階ですが、鳥取県でマサバの陸上養殖にも挑戦中です。
宮崎県のブリ事業は、22年度にすべて親魚から卵を採って育てる完全養殖になりました。稚魚を天然資源に依存しない点でサステナブルといえます。優れた遺伝子の「家系」をかけ合わせる品種改良にも注力しています。天然由来のブリは夏に脂ののりが悪くなりますが、養殖は通年でおいしく食べられ、飼料の工夫で時間を経ても血合いが黒くならないなどの改良で高い評価を得ています。海面水温の上昇など環境変動が激しい中でも、品種改良によって高水温でもよく育ち、病気に強いブリができています。
地域貢献につながる例もあります。定置網やサケマスの漁獲が減った岩手県大槌町で展開したサーモンの養殖事業は雇用を生み、淡水養殖場や水産加工場の稼働率も上がってウィン・ウィンの関係ができました。養殖活用で水産資源の回復を待つ、という方法もあるのではないでしょうか。
「豊かな海を守る」ための陸の課題解決にも取り組む
「森・川・海」を一体に考える環境保全もグループを挙げて取り組んでいます。代表的なものでは、鳥取県の大山隠岐国立公園の船上山(せんじょうざん)で、県や琴浦町とともに推進している森林保全が挙げられます。大山の湧水を使ったギンザケの親魚・稚魚の育成や、湧水が流れ込む美保湾での成魚育成など、事業と深く関わる水源地を守るものです。
従業員には海の環境保全への意識を持ってほしいと願っており、職場近隣の清掃活動なども展開しています。地道な活動ではありますが、それが家族や知人に広がり、やがては地域を巻き込むようになればうれしいことだと思っています。
若い人たちの地球環境問題への関心はとても高いと感じます。持続可能性の追求はコストがかさみますが、長い目で見ればプラスになるはずです。私たちの姿勢を市場が評価し、長期的視点で企業価値を高めるという信念で取り組んでいきます。
記者の目 技術で魚に付加価値を
地球温暖化に伴う酸性化や水温上昇、廃プラスチックによる汚染など海の環境はかつてないほど急激に変化している。魚などの生態系へのダメージも深刻だ。
水産会社は資源を守りつつ、旺盛な需要に応える対応が不可欠となるが、未来の世代にツケを残すのはまずい。適切に資源を管理して天然魚を取り続けられるようにすると共に、養殖のイノベーションに取り組む必要がある。国内外の大手は熱心だ。
資源管理は会社の枠を超えた協力がカギだ。先進国の中小や途上国の企業を巻き込むため、情報提供と参加しやすい体制づくりが求められる。
ニッスイは海面養殖でIT(情報技術)や人工知能(AI)の活用を進める。生育状況の把握や給餌量の調整に活用し、効率アップに成功した。過剰な餌やりを抑え、コストや海の汚染を減らしている。
今後、海面養殖の適地は限られてくると見られる。沿岸のほかに沖合での養殖漁場の拡大や海外展開も欠かせない。
日本の大手2社の売上高営業利益率は3%ほどと低い。持続可能性と同時に、付加価値を高めることが大きな経営課題だ。環境意識の高い欧米での展開で利益を得て、国内に広げるモデルも検討すべきだろう。
(編集委員 青木慎一)