生成AIコンソーシアム

実質議論スタート、可能性・リスク両面を研究 NIKKEI生成AIコンソーシアム 2023年度 第1回会合

AI 講演 対談

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産官学の有識者らで生成AI(人工知能)とビジネスの未来を考える場として日本経済新聞社が創設した「NIKKEI生成AIコンソーシアム」は2023年7月14日、都内のホテルで第1回会合を開いた。出席者は産業界に多様な変革をもたらす可能性をはらむAI活用の促進策と同時に、それに伴うリスク対応を並行して研究する必要があるという認識を共有。来年2月の提言とりまとめへ実質議論がスタートした。

起業にも商機、産学は連携急務

会合では、AI研究の第一人者で画像処理半導体(GPU)を使ったディープラーニング(深層学習)の提唱者でもある米スタンフォード大学のアンドリュー・ング兼任教授を招き、AIの可能性について議論。ヒトの働き方やスタートアップの起業や商機を広げるため、AIの活用普及を社会で後押ししていく必要があることを確認した。

冒頭発言では、コンソーシアムのアドバイザーである弁護士の三部裕幸氏が「AIを日本の輸出産業にすべきだ」と主張し、エクサウィザーズの石原直子氏も、日本の失われた30年を巻き返す好機として「生成AI普及の潮流を逃してはならない」と力説。「人材育成や多様性にも活用したい」(Sow Insight・中条薫氏)との声も出た。

それを受ける形でゲストスピーチに立ったング氏は「次の10年は生成AIの10年になる」と分析。「数十億人にサービスを提供できるAIは多くない」として、新規参入企業・大企業の双方に好機があると訴えた。

ング氏への質疑応答では、自然言語で指示できる生成AIの特性に注目する中条氏が、文系や女性人材の活躍余地が広がることに期待を表明。ング氏と東大大学院の松尾豊氏は共に産学両界の人材育成が急務になると提唱した。

 

 

 

ルール構築 透明性・柔軟性を重視

情報のセキュリティー管理などAIの普及に伴って求められるリスク対応を巡っては、国際ルールづくりに携わる総務省の飯田陽一氏を交え、国際交渉の現状説明を聞きつつ討議を進めた。その中で、フェイク技術の進化や情報漏洩などのリスクの深刻さを意識しつつも、イノベーションを妨げることがあってはならないという認識で一致。柔軟性・透明性を重視したルールづくりを求めていく方向が固まった。

リスクの存在に関しては、まずデジタル庁の楠正憲氏が「生成AIは入力によって思わぬ結果が出力される懸念もある」と問題を提起。これを受けて三部氏は日本の関連ビジネスの海外展開をにらむ視点から「国際的な法制度づくり」が急務だと強調した。

一方、ング氏はG7が共通ルールづくりを検討する中で主導的役割を果たそうと努める日本を評価する半面、過度な規制が生成AI利活用の障壁となりかねないことに危惧を示した。「政府機関が最前線を正確に把握するのは困難で、理解したと思い込むのは危険」だと指摘。最も重要なのは「透明性の確保」であり「政府の役割もそこにある」と主張した。

ング氏は、AIが人類を凌駕(りょうが)する「シンギュラリティー(技術的特異点)」の問題にも触れ「AIが人類存亡の危機を起こすという論には懐疑的だ」と言明。「AIは気候変動や次の感染症の解決にも大きな役割を果たす」として、利益とリスクの均衡を考えるよう訴えた。

一連の発言を受け、飯田氏は規制によるデメリットについても「常に自問している」と説明。産業界や市民の声を聞き、共通理解を形成したうえで「厳密なだけでなく、柔軟に運用できるガードレールとしてのルールづくりを目指す」という思いを語った。

コンソーシアム有識者
松尾 豊氏[アドバイザー] 
三部 裕幸氏[アドバイザー] 渥美坂井法律事務所 外国法共同事業 パートナー、弁護士
石原 直子氏 エクサウィザーズ はたらくAI&DX研究所 所長
中条 薫氏 SoW Insight 代表取締役社長
楠 正憲氏 デジタル庁統括官 デジタル社会共通機能グループ長

 

利益・リスクの均衡、日本に追い風

ング氏は講演に続き、スタンフォード大客員教授時代に同氏の講義を聴講した経験もある東大大学院の松尾豊教授との〝師弟対談〟に臨んだ。     

松尾氏 チャットGPT登場以降、シリコンバレーでは何が起きているのか?

ング氏 非常にエキサイティングな状況だ。シリコンバレーには人材が集中しているが、源泉はグーグルとオープンAIだ。GPTのようなブレイクスルーが起きるとは予想していなかったが、どこかの企業の内部で、次の1年の間に同様のブレイクスルーが生まれるだろう。

松尾氏 人材は今後、大手で働き続けるのか、それとも起業するのか?

ング氏 どちらもある。大手は素晴らしい仕事をしているが、外圧を抱え、大規模企業ほど保守的にならざるを得ない。スタートアップやスモールカンパニーの動きは速い。大手は営業上有利だが、刺激的な仕事の多くは「アプリケーション層」にあるだろう。

松尾氏 日本のチャンスは?

ング氏 日本は技術的にも進んだ社会で大きな追い風が吹いている。

松尾氏 リテラシーが高いわけでなく、リスクに敏感でネガティブな面もある。

ング氏 ではどうすべきだと考えるか?

松尾氏 プロトタイプ開発が短時間で可能になったのを生かし、価値を理解してサービスを採用すればDXにつながる。自分は今年5月、政府のAI戦略会議議長に任命された。日本が取るべき戦略は?

ング氏 グローバルな観点では、規制当局がAIを十分に理解しておらず、思慮深い規制を成立させることは難しい。政府の役割は透明性の確保にある。日本がイノベーションだけでなく、内外の利益とリスクの均衡を考えていることは称賛に値するだろう。

 

 

コンソーシアム協賛会社から

立花 隆輝氏

日本アイ・ビー・エム シニア・テクニカル・スタッフ・メンバ

当社は2014年からビジネス向けAI「Watson」を提供してきた実績があり、今後もAIファーストでの事業変革の支援に一層注力していく。生成AIで特に重要なのは「信頼できるAI」の観点であり、政策提言にも盛り込んでいる。製品・サービスでは顧客データの取り扱いに細心の注意を払っており、どのような学習データを用いているかの情報開示も非常に大事だと考えている。オープンな情報公開やディスカッションを通しAIの発展に貢献したい。

原口 豊氏

サテライトオフィス 代表取締役社長

クラウド環境に特化したビジネス支援を展開する中、生成AIに関しても研修や導入サポート、ソフトウエア提供を行っている。要望が高いツールは、既存のチャットサービスから会話型AIに直接質問できる機能で、AIに初めて触れる社員でも親しみやすいと好評だ。その他、社内サイトや既存ファイルなどを会話型AIで活用するためのソリューションにも注力している。個人情報漏洩防止や、ログの保管など、セキュリティーにも配慮している。

三善 心平氏

PwCコンサルティング 執行役員 パートナー Analytics Insights

生成AIの導入には日米で温度差があり、日本企業の多くはリスクを重んじて慎重に進めている一方、楽観的な米国はスピードが速い。活用をしないことによる機会損失のリスクも考慮すべきだ。また日本企業が想定する活用方法は、事務作業領域の高度化、効率化がほとんどである。第一歩として理解できるが、それだけでは生成AIの可能性を生かしきれない。より高い視座で、日本の企業が勝っていく、輸出立国になるためのユースケースを協働して考えていきたい。

下田 倫大氏

Google Cloud ソリューション & テクノロジー部門 AI/ML 事業開発部長

Googleは長年AIを重視し研究成果を積極的にオープンにし、LLMの発展にも貢献した。現在「大胆かつ責任あるAI」を合言葉に主要サービスへの生成AIの統合を積極的に進めている。企業向けのDuet AI for Google Workspaceは、文書作成から様々な用途やスキルレベルに応じたサポートにより、創造性と生産性の向上を支援。働き方改革といった社会課題の解決の一助にもなるだろう。利用者と共創しながら、ビジネス現場に寄り添っていきたい。

真野 雄司氏

三井物産 常務執行役員 デジタル総合戦略部長

AI活用による価値提案を行う新事業を10件以上起こしている。ジョイントベンチャーのBearing(米)は船舶航行を最適化して二酸化炭素排出量を削減する事業で、船舶大手にも採用された。AI開発会社との合弁では、東京・大阪間の高速道路での事業化に向け、トラックの自律走行に成功するなど実証実験を重ねている。また自社の生産性改善にもAIを活用しており、セキュリティー面や機能をカスタマイズした生成AIを全社に導入し、業務に利用している。

 

議論要旨 女性の活躍余地 拡大にも期待

三部氏 自民党のAIホワイトペーパー作成にも参画した経験から、AIを日本経済再興に向けた輸出産業にすることが重要だと感じる。国内で適正な資源配分を行うとともに、海外展開をにらむ国際的な法制度づくりを進める必要がある。

石原氏 「失われた30年」と言われた日本は、生成AIの潮流を働き方改革が進む好機ととらえて逃してはいけない。

中条氏 これからはAIと人が協調していける時代だと思う。AIを人材育成、ダイバーシティー推進に活用していきたい。

楠氏 生成AIは入力によっては思わぬ結果が出力される懸念もある。政府として規制を含めた適切なリスクコントロールを議論している。

ング氏と松尾氏が対談後に行った質疑応答の主な内容は次の通り。

三部氏 生成AI悪用による偽情報・誤情報問題がある。

ング氏 違法行為は取り締まりが必要だが、国によっては言論の自由に抵触する。著作権の関係や、国家間の制度ギャップも考える必要がある。

石原氏 会話型AIの利用時には、プログラミング知識が不要な半面、使い手の創造性が問われる。創造的なマインドセットを社員にどう持たせるのがよいか。

ング氏 社員が生成AIとアイデアを練り、ある程度の段階でITのチームに引き継いでもよいだろう。リーダーは成果を出した部下を評価し、皆の前で褒めると全員が動き始める。

中条氏 日本では女性の理系人材が少ないが、生成AIによりプログラム開発のハードルが下がる。プロンプトエンジニアリングは、別フィールドの知識があるほうが有利で、開発現場では女性の活躍余地が大きいのではないか。

松尾氏 拡大著しい生成AIの世界で、新規参入者は歓迎される。

真野氏 日本の産学連携の課題は何か。

松尾氏 学術界、産業界とも互いにリスペクトし、関係づくりのために人材交流を進めていくことが大事だと感じている。

ング氏 学術界と産業界では価値観が全く違う。行き来をすることで知識をうまく循環させられるはずだ。

楠氏・三宅氏 国産LLMといった独自の基盤モデル構築にも一定の社会的関心が寄せられている。後発基盤モデルをつくる意義があるのではないか。

ング氏 英語以外のLLMが世界的に少ないという事情もあり、やる価値はある。アラビア語のLLM「Falcon」(UAE)などの例もある。自分は生成AIの次のトレンドとして、テキストや画像、音声、動画などの複数の種類の情報を一度に処理するAIに強い関心を持っており、画像でAIに指示する「ビジュアルプロンプティング」に取り組んでいる。

立花氏 自然言語を使う生成AIの普及で子どもへのプログラミング教育は不要になるのだろうか。

ング氏 プログラミング言語も一層重要になる。AIが社会の中でどう用いられているかを理解し、自らデータ分析を行う能力は、次世代にとって「読み書きそろばん」に等しいものになるはずだ。

国際的なルールづくりを巡り、総務省情報通信国際戦略交渉官の飯田陽一を交えた意見交換も行った。

ング氏 国際的なルール形成へG7が足並みをそろえ、日本が主体的な姿勢を示していることは評価できる。一方、政府機関が最前線を正確に把握することは困難だ。何十人もの専門家にヒアリングしたからといって、各国政府がAIを理解したと思い込んで規制を導入するのはリスクだ。透明性の開示を求める必要があるのではないか。

飯田氏 政府の立場にある我々自身、常に自問しながら議論している。特に、自由なイノベーションや新規参入を妨げないために、厳密なルールを定めるのではなく「ガードレール」として柔軟に運用できるルールをつくっていきたい。そのために、技術コミュニティー、産業界、市民などの意見を聞いて共通理解をつくっていきたい。

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