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ウクライナの教訓「戦争は始めるより終える方が難しい」 防衛省防衛研究所の高橋杉雄・防衛政策研究室長に聞く

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ロシアのウクライナ侵攻から16カ月が経過した。ロシアの民間軍事会社ワグネルの反乱は、長期化した戦争によるロシア体制の亀裂を浮き彫りにした。一方、ウクライナの反転攻勢は一進一退の戦闘が続いている。どのような形での終戦が可能なのか。「ウクライナ戦争はなぜ終わらないのか」(文春新書)の編著者である防衛省防衛研究所の高橋杉雄・防衛政策研究室長に聞いた。

ウクライナ戦争は「戦場で決着」が難しい

――ウクライナ戦争の終着点がいまだに見えてきません。

「この戦争を戦場で終わらせることは、恐らくできないと分析しています。ロシアはもとより大国であり、ウクライナ自体も、かなりの軍事力を保持している上、米欧の支援を受けています。さらにグローバリゼーション時代の戦争として外交(D)情報(I)軍事(M)経済(E)を組み合わせた『DIME』における攻防が展開されています。ウクライナの反攻が大勝利を収めても、ロシアはさらなる動員で対抗し、ロシアが優位に立てばウクライナへの武器支援のレベルが上がっていくでしょう。戦場では双方ともに決め手を欠く形で長期化する可能性が高いのです」

――ロシアとウクライナの双方にとって、領土問題以上に国のあり方を決めるアイデンティティーのせめぎ合いになっている、と指摘しています。

「1991年のソ連崩壊後に、米欧はロシア・東欧を『欧州の一部』として取り込む政策を進めました。『封じ込め』では無く、ロシアを組み込んだ協調的安全保障を構築する狙いで、北大西洋条約機構(NATO)の東方拡大もそうした方針のひとつでした。しかし、プーチン政権はエネルギー資源の開発で経済を安定させ、旧ソ連的な勢力圏の構築を目指したのです。多極化する世界で自らのアイデンティティーを『極』のひとつとしたのです。プーチン大統領は『西側との違い』を強調しますが、オリガルヒと呼ばれるロシアの富豪たちの多くが、ロンドンに拠点を持っていることからも、ロシア自体が欧州と本質的に異質だとは言えません」

「他方、旧ソ連第2の大国だったウクライナは国内の混乱を経て、欧州の一部となることを選択しました。2014年のクリミア併合とドンバス地方に2つの人民共和国を作り出したことは、ウクライナから親ロ派住民を減らすことになり、結果的にウクライナにヨーロッパを選ばせることを促したと言えます。ロシアがウクライナを『ロシアの一部』とする戦争目的を放棄しなければ、ウクライナが全占領地域を奪還しても、ロシアは戦いをやめないでしょう」

ウクライナ戦争に及ぼす中国の影響力

――ウクライナ戦争における中国の影響も分析していますね。

「中国の台頭と米中対立が、この戦争の非常に重要な補助線となりました。経済的・軍事的に急拡大する中国の存在と米中対立が無ければウクライナ戦争は起きなかったかもしれません。2021年に発足した米バイデン政権にとって戦略上の最優先の課題は中国で、ロシアは二義的なものでした」

固定化・軍事と政治の取引・ワイルドカード…3つのシナリオ

――新著では現実性は高くないものの、理論的に終息に至る3つのパターンをシミュレーションしています。 「第1のシナリオが、その時点での軍事的現実を固定化する終わり方です。朝鮮戦争(1950〜53年)がこれに当たります。3年も消耗戦が続き、朝鮮半島で戦っていた米中双方が戦争のコストに堪えかねて停戦を目指しました」

「第2のシナリオは軍事と政治にまたがる取引による終結です。イスラエルとエジプトで締結されたキャンプ・デービッド合意(1978年)がこのケースです。イスラエルが占領していたシナイ半島をエジプトに返還し、エジプトはイスラエルを国家として承認しました」

「第3は『ワイルドカードイベント』と呼ぶ政変などの事態です。例えば、プーチン大統領が失脚した場合などです。ただ、後継政権がウクライナをロシアの一部とする政策を継続するならば戦争は続きます。かつての東欧の民主革命のような政変ならば終結に向けた動きになりますが、現実性は低いでしょう」

――仮にワグネルの武装蜂起が成功していたとしても、政権内部の抗争である以上は終戦には結びつかなかった可能性が高いのですね。

「蜂起を主導したプリゴジンも主戦論者ですからね。一方ベラルーシにおける政変もワイルドカードイベントのひとつになり得ます。親露路線のルカシェンコ体制が崩壊すれば、この地域の地政戦略的構造が一変します。ロシアはウクライナの侵攻部隊を撤収させてでもベラルーシに介入せざるを得なくなるかもしれません」

――ロシアによる核兵器使用の恐れが依然消えていません。

「核兵器の使用はあらかじめ作られた基準によるのではなく、最高指導者の主観に基づいて決定されます。ただ、2022年9月のハルキウ反攻でロシア軍が苦戦に陥った際、プーチン大統領の選択は核兵器でなく30万人の動員令という通常戦力の再建でした。実際に核兵器使用を考える際、プーチン大統領は利益とコストを慎重に検討するでしょう。最大のコストは米国の直接介入を招くことです」

自らのパートナーを増やして抑止力を強化

――日本がウクライナ戦争から得るべき教訓は何でしょうか。

「中国の急激な軍事力の近代化、北朝鮮の核・ミサイル配備で東アジアは世界で最も厳しい安全保障環境にあると言えます。ただ、ロシアが勝てば、ドミノ式に台湾海峡で事が起きると考えるのは単純すぎます。東アジアでは戦場の状況が外交・情報・経済に、より複雑な影響を及ぼし合うでしょう。ウクライナ戦争の教訓は『戦争は始めるより終わらせる方が難しい』と我々に再認識させたことです。欧州とアジアの安全保障も、遠いように見えて実は切り離せません」

「戦争を始めさせないことが最重要ポイントになります。アイデンティティーを巡る争いでは、ロシアとウクライナのように相手国との話し合いも『落としどころ』が見えてきません。外交の重要な役割は自らのパートナーを増やして抑止力を強化し、紛争が起きても国際的に有利な立場でいられる関係を各国と結んでおくことです」

(聞き手は松本治人) 

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