行き過ぎた東京一極集中を脱却し、暮らしやすく働きやすい地域づくりを目指す「デジタル田園都市国家構想」。その基盤となるスマートシティーや地域デジタルトランスフォーメーション(DX)の推進など、地域経済の活性化に向けた動きが各地で盛り上がりを見せている。日本経済新聞社では2月1日、持続可能な経済循環を考えるフォーラム「アフターコロナの地方創生」を開催。外部だから気づく視点で地域に潜在する力を再生・活性させる取り組みなど、実践しているからこその貴重な知見が多彩に披露された。
政府一丸で連携強化
内閣府特命担当大臣(地方創生)、 デジタル田園都市国家構想担当大臣
岡田 直樹氏
岸田内閣の掲げるデジタル田園都市国家構想(デジ田)は、デジタルの力を活用して地方創生を加速化・深化し、全国どこでも便利で快適に暮らせる社会を目指している。昨年12月には2023年度から27年度までの5カ年の具体的目標と工程表を示した総合戦略を閣議決定。今後、各地域の個性や魅力を生かした地域ビジョンを再構築し、地方版総合戦略の改定に取り組む方針だ。その実現に向け、政府一丸となって地域間連携を強化していく。
昨年行った「夏のデジ田甲子園」に続き、先ごろ「冬のデジ田甲子園」を実施、デジタルを活用した地方創生に対し大きな反響を得た。地域の個性を生かした地方創生実現には新しい事例やアイデアが重要だ。このフォーラムでもそんな様々な事例が全国に発信されることを期待したい。
地域との連携で課題解決
清水建設 執行役員 環境経営推進室長 兼 コーポレート企画室SDGs・ESG推進部長
金子 美香氏
自社活動が環境に与える負の影響をなくし社会にプラスの価値を提供する環境ビジョン「SHIMZ Beyond Zero 2050」を達成するため、構造体や仕上げ材の一部を木造・木質化した木質建築に注力。耐火技術や耐震構造技術の進歩で大規模な建築物も一部木造化が可能となった。自社の社屋、社宅をはじめ、設計施工で受注したオフィスビルなどで木質建築の実績が増えている。地元産材の活用で地方創生や地域活性化にもつながる。
安価な海外木材の輸入増と、林業従事者の減少で、日本の人工林の約半数が利用適期の50年を超え適切に管理されていない。森林の持つ水源かん養、二酸化炭素(CO 2)吸収、生物多様性保全、防災など多くの機能は適切な管理がないと十分に発揮されない。木を使った分を植樹する活動も重要。若い樹木を増やせばCO 2吸収効果も最大化できる。森林資源を将来につなぎ、林業の人手不足も建設業との融合で解決する視点で、群馬県川場村が所有する土地を借り受け、「シミズめぐりの森」という植林活動を昨年より開始。40〜50年後、伐採適齢期の樹木を建材として当社施工の建物での活用を目指す。
その他、高知県では農作業の機械化などによって従事者の減少・高齢化などの地域課題を解決。出荷量の確保、農家の所得向上、作付面積拡大や地域雇用創出にもつながった。千葉・富里市の「八ツ堀のしみず谷津」と名付けた場所では、地元住民との協働で、耕作放棄や都市化により荒廃した自然を回復する湿地のグリーンインフラ再生を実施。再生による効果のデータを蓄積するとともに、産官学民で新たな「人と自然のかかわり」を模索していく。今後も持続可能な社会実現に向け、様々なステークホルダーと連携し、地域課題の解決を目指していきたい。
信金とGX・DXで地域支援
信金中央金庫 副理事長
須藤 浩氏
信用金庫は相互扶助の理念に基づく、地域の中小企業や住民のための協同組織金融機関。地域社会の利益を第一とする非営利の組織として、株主利益の最大化を目指す株式会社とは異なる。信金中央金庫をハブとして、強固なネットワークでつながる。信金中金は、信用金庫単体では対応が非効率、あるいは困難なデジタル活用、ビジネスマッチング、海外進出、資産形成や相続支援などに取り組む。また、信用金庫の経営の健全性や安定性の維持・強化を支援。地域活性化に向け、脱炭素社会の実現や中小企業のDX促進にも取り組む。
中小企業の脱炭素化なくして我が国の脱炭素化を進めることは不可能。その推進こそ地域経済の発展につながるが、中小企業ではあまり進んでいない。そこで信金中金はESG(環境・社会・企業統治)投融資額を累計3兆円とする目標を掲げるとともに、信用金庫のネットワークを活用し、コンサルティングや補助金申請支援などソリューションの提供に努める。昨年には、環境省と連携協定を締結。信用金庫、環境省とともに地域経済でエコシステムを形成し、エネルギーの需要と供給の両面から脱炭素化を推進していきたい。
また、多様なサービスをワンストップで利用できる中小企業向けポータルサービス「ケイエール」の普及・拡大によって中小企業のDX促進に取り組むほか、企業版ふるさと納税を活用して自治体の事業を支援するスキームの提供などを通じて、地域活性化を目指している。
地域経済社会が引き続き厳しい環境に置かれる中、信金中央金庫はネットワークバリューを最大限に活用。グリーントランスフォーメーション(GX)、DXをはじめ、地域活性化のために多彩に尽力していく。信用金庫だからこそ生み出せる新たな価値を提供し、持続可能な地域経済社会の実現を目指したい。
優良事例を全国へ
内閣官房デジタル田園都市国家構想実現会議 事務局次長
市川 篤志氏
昨年策定されたデジタル田園都市国家構想の総合戦略の基本的な考え方は、コロナ禍を経験し、個人や企業の地方への関心が高まっている中、今こそデジタルの力も活用して地方創生の取り組みをパワーアップすることにある。地方の様々な社会課題の解決をむしろ成長の原動力にすべきであり、「地方に仕事をつくる」、「人の流れをつくる」、「結婚・出産・子育ての希望をかなえる」、「魅力的な地域をつくる」といった、4つの方向性を示した。
この実現に向け、政府としてはデジタルインフラや人材の育成など多岐にわたる施策と交付金などの支援策を用意。各府省庁の政策間連携、広域的な自治体間連携についても積極支援していく方針だ。
デジタル技術の活用は社会実装の段階に入り、優良事例も各地で誕生している。それを全国に横展開する中で今後、地域の実情に応じた地方版総合戦略が創出・推進されることを期待したい。
性不平等の解消が重要
一般社団法人 NO YOUTH NO JAPAN 代表理事
能條 桃子氏
地方創生のためやるべきことは、まずはジェンダー不平等の解消ではないか。1990年代から議論されてきたにもかかわらず人口減少を食い止めるための成果が上がらない原因は、意思決定の場に女性、若い人、当事者がいないから。意思決定の場そのものが多様で、女性や若い人の声をくみ上げられるような形になっていない限り、対策を立てることも困難だ。地方議会から女性比率を上げジェンダー平等に取り組む女性議員を増やすべきだ。地方創生では必ず人口問題が取り上げられ女性が子どもを生むことが期待される。しかしその期待だけで「よし、地域のため、国のために子どもを生もう」とはならない。
女性がそこで生きていきたいと思い続けられるためには、その地域の男女不平等解消、女性の雇用創出が必要だ。女性がどうすればその地域に住みたいと思えるのか、知っているのは当事者で、聞き出せるのも当事者に近い人たちだ。まずは意思決定の場に女性を増やしていくこと。そこから今までとは違うアプローチができるのではないか。
食文化で個性を創出
ミナデイン 代表取締役
大久保 伸隆氏
当社は協業による課題解決型アプローチで飲食店事業を展開。同じ店をつくらない、「まちに個性をつくる」がビジョンだ。現在は東京・新橋のまちづくり、食文化の保全、地域の価値づくりに取り組んでいる。
事例として、絶やすには惜しい地域の絶品メシのレシピをもらい、東京の店で提供して売り上げの一部を地域に還元する「絶メシ」がある。これは群馬県高崎市の地方創生プロジェクトで始まった。閉店した名店のレシピを復活させる「まぼろし商店」はレシピの収集段階だが知的財産化も目指す。地域の価値づくりの例では、千葉・八千代市の団地に「自宅から一番近いレストラン」を開店。ここは地域のNPO法人が運営している。茨城・水戸市の駅前では、茨城の食材を使い、よそ者がよそ者目線で、意外と茨城を知らない地元客に向けて店をオープンした。
大事にしているのは、象徴的な場所、地域に長期的にコミットする人、地域性を生かした業態だ。様々な地方や業種とつながることで、まちに根ざしたブランドをつくっていきたい。
魅力発信、個の力で
ダイブ 代表取締役
庄子 潔氏
コロナの影響で宿泊業から約15万人が離職した。長いトンネルを抜けにぎわいは戻ってきたが人材不足は課題だ。
当社は2002年に設立し観光に特化。地方で働きたい人と人材不足に悩む宿泊施設等をマッチングするリゾートバイト事業では多くの地域アンバサダーをつくり出している。例えばある女性は温泉地で働きながら交流サイト(SNS)で地方の魅力を発信し支持を得ている。海外からワーキングホリデーで訪れた人の投稿が新しい客を呼び込んだり、全国を渡り歩き広島に移住した人もいる。一人ひとりの発信力は小さくても年間1万人集まれば地方創生につながる。
もっと地方に入り込みたいと考えて始めたグランピング事業は、北海道芦別市、栃木県鹿沼市、香川県東かがわ市など全国5カ所の自治体と連携して取り組んでいる。今期は新たに2施設を開業予定だ。こだわっているのは、まだ広く知られていない地方の魅力を引き出して発信し観光客をつくり出すことだ。また自ら地域に入り込み、共に企画開発から集客、運営まで一気通貫で行う経営スタイルもとっている。19年開業の東かがわ市のグランピング施設では地元の事業者と協力し1万5000人の宿泊客を呼び込んだ。旅行以上移住未満の移動体験を通じて、観光面から地方創生に貢献していきたい。
【討論】
まちを愛し ともに楽しむ
バルニバービ代表取締役会長CEO兼CCO 佐藤 裕久氏
Wellness Me代表取締役 / CEO 長瀬 次英氏
コーディネーター
クラフィット代表取締役社長 山中 哲男氏
山中 まちの活性化には人の存在が不可欠だ。人にフォーカスして地方創生へのヒントをひも解きたい。
佐藤 その地に元々ある文化や魅力を生かし、食から始める「地方創再生」として淡路島でプロジェクトを手掛けている。
長瀬 まちも個性をもっとうたうべきだ。デジタルは効率的というイメージだが、デジタル改革では人の改革から始める。
山中 地方創再生は誰のための取り組みなのか。
佐藤 地方には地元の人、出て行きたがっている人、新しく来たよそ者が存在する。この3者が融合したとき、地方創再生が人のためにあるというカテゴリーに集約されるイメージだ。
山中 よそ者の役割は。
佐藤 よそ者が持つ視点。淡路島の美しい夕日を住人は見過ごしがち。当たり前にある素晴らしいものをよそ者は認識できる。
長瀬 よそ者はその辺にあるモノにも価値を見いだす。例えば沖縄の月桃。いい成分があるのになぜもっと飲まないのか。僕なら買い取り価格や雇用など、形にするところまで考える。
佐藤 祭りを開くと3者が融合、地元の人とよそ者の距離が一気に縮まる。これがやりたかったことだ。
山中 地域コミュニティーのあり方とは何か。
長瀬 交ざり合いが重要だが時間が必要。共通点を見つけ仲良くなるしかない。まちを盛り上げるというミッションを共有しそれぞれの立場で盛り上げていく。
山中 地域での働きがいはどのように生まれるか。
佐藤 他店舗から無理を言って淡路島1号店に従業員に行ってもらった。海に癒やされ人と触れ合ううちに地元に溶け込んでいる。
長瀬 どう生きたいのか描けていることが重要だ。体験し見て聞く。直接話すことで熱量も伝わる。
山中 人を引きつけるための工夫は何か。
佐藤 地域と我々をつなぐコミュニケーター的役割を誰にするか。まちを愛し、一緒に楽しめる役割を担える人を選ぶことだ。
山中 人づくりとは生きがいづくりでもある。生きがいを持った人が増えることが、住みたくなるまちへ昇華していくと思う。
アフターコロナの地方創生〜具体的事例から考える持続可能な経済循環
【主催】日本経済新聞社
【共催】都市再生機構
【後援】内閣府
【協賛】清水建設、バルニバービ、信金中央金庫、大倉、大正大学、ウェルネストホーム、移住・交流推進機構、木村情報技術