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AI将棋に「死角」はあるか 棋士が探索・発見する時代 森内俊之九段(将棋十八世名人)に聞く(2)

AI 競争戦略 将棋

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将棋界の全8タイトル制覇か名誉王座の誕生か――。第71期将棋王座戦五番勝負の第3局は2023年9月27日、両者1勝1敗を受けて名古屋市の「名古屋マリオットアソシアホテル」で行われる。初戦を永瀬拓矢王座が制し、第2局は藤井聡太七冠が勝ってスコアをタイとした。「超進化論 藤井聡太」(飛鳥新社)を著した森内俊之九段は「人工知能(AI)を駆使した両者の研究が盤上で十分に表現され、AI将棋の死角を人間が探索するという次の研究課題も見え始めている」と指摘する。

「相手も自分と同じように研究している」と認識

――第1局は永瀬王座が勝ち、今年度の藤井七冠が続けていた「先手勝率10割」の記録をストップさせました。第2局の序盤で藤井七冠は、ほとんど経験のない「右玉」を選び、意表を突かれたはずの永瀬王座もあまり時間を使わずに対応。最後は214手という長手数で七冠が勝ち、第3局は五番勝負で天王山の一戦です。

「永瀬王座・藤井七冠ともにAIを駆使した極めて精緻な研究を続けています。さらに、対戦相手も自分と同じように深く研究していると認識しており、その上でタイトル戦の作戦を準備していると感じました。基本的に将棋は、チェスや囲碁と同じように先手側にアドバンテージがありますが、この王座戦シリーズは後手番がそれぞれ勝つ展開になっています」

――将棋界は生成AIなどが関心を集める以前から、AIの研究成果を実戦で取り入れています。森内九段が名人戦という大舞台で羽生善治九段(十九世名人など永世七冠)を相手にAI推奨の手を指して名人防衛を果たしたのは10年前です。

「13年の名人戦第5局で将棋ソフト『ponanza』が指した新手を試み、良い結果を出すことができました。当時は『AIの手を名人戦で指すのはいかがなものか』といった批判も受けました。ただ、私が将棋AIを本格的に活用し始めたのは19年ごろからです」

――新著「超進化論 藤井聡太」(飛鳥新社)では趣味のバックギャモンやチェスで慣れていたので、AI研究に対してのハードルは低かったと記しています。

「まず自分が指し終えた対局の解析に利用しました。見逃していた好手や自分の発想になかった高度な指し方が次々出てきて、新しい発見の連続でした。将棋の奥深さを改めて知るのと同時に、実際の対局でミスは避けられないことにも改めて気付きました。あるインタビューにおける藤井七冠の『勝ちたいという気持ちでなく、一つ一つの局面になるべく最善に近い手を選択したい』という答えは、AI将棋時代のあり方を正確に捉えています」

――かつては「この形になったら容易に負けない」というスペシャリストの棋士らが活躍した時代がありました。しかし、情報革命でデータ解析が急速に進み、どの戦法も指しこなせるゼネラリストでないとタイトルを獲得しにくくりました。さらに新著ではAI時代の棋士の可能性を指摘しています。

AIで将棋のブルーオーシャン戦略も可能か

「過去10年間でAIは盤上と盤外を変え、今後も棋士の可能性を大きく広げるでしょう。将棋のブルーオーシャン(未開拓市場)戦略も考えられます。『elmo』という将棋ソフトから生まれた『エルモ囲い』は、新戦法に与えられる『升田幸三賞』を受賞しました。玉の下に金を置く独特の囲いで圧倒的な成績を上げていたからです。まず『桂損』(桂馬を跳ねることで、自分の駒を損すること)してからじっくり攻めるという、これまでの価値観からはおよそ考えられない定跡も出てきています。日々新たな指し方が発見されていますし、どこにブルーオーシャンが隠れているか分かりません」

「昭和の時代に流行し、最近は忘れ去られていた戦法がAI再評価でリバイバルしているケースもよく見られます。王座戦第2局の『右玉』や『相居飛車の雁木(がんぎ)』、角換わり将棋における『下段飛車』などです。平成時代には陣形の堅さを重視していましたが、バランスの良さや小駒の使いやすさを現在のAIは高く評価します。逆に超人気戦法だった『横歩取り』はAI評価が高くなく、以前ほど指されてはいません」

将棋の完全解析には10の68乗の局面分析が必要

――他方、「人間がAIの死角を発見する時代が始まった」とも指摘していますね。

「AI評価は完璧ではありません。将棋の完全解析には実現可能な局面をすべて計算する必要がありますが、その数は10の68〜69乗と言われています。現在のハードの計算力では極めて難しいでしょう。複数のAIがプロ棋士の研究によく使われており、それぞれに得意分野を持っているのが現状です」

「局面の状態を数値化した評価値の判断は当然、個々のAIで違ってきます。現在の将棋AIはニューラルネット評価関数などを用いて読みの速度に優れる『NNUE』系と、スピードでは劣るものの局面認識が高精度な『ディープラーニング』系に大別されています。藤井七冠は『ディープラーニング』系を採用した時期がかなり早かったと聞きます。現在は両系統を併用する棋士が少なくありません」

――王座戦第2局ではAI評価の高くない指し手もあえて選ばれたといいます。

「勝つ確率が99%と出ていても、多くの候補手から難解な正解を続けて選ばなければならないケースもあります。逆に75%でもプロ棋士が見れば逆転の可能性が少ない局面もあります。AIが絶対ではない上に、最終的に判断するのは人間なのです」

(聞き手は松本治人)

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