新型コロナウイルスの感染症拡大やロシアによるウクライナ侵攻で世界の不透明感がさらに強まる中、トップリーダーが自ら考えた言葉で経営理念を示さなければ、組織が立ちゆかなくなる局面が増えている。丸井グループは約15年前から長期経営を基本とするESG(環境・社会・統治)に注力し、業績の拡大よりも企業価値自体の向上に重心を移してきた。同グループの青井浩社長は、サステナブル(持続可能)なあり方を株主・社員のみならず、将来世代にも説く。自著「サステナビリティ経営の真髄」(日経BP)の読みどころを聞いた。
「何のために働いているか」問い直す
――本書は第1章が青井社長へのインタビュー、第2章以下は自らホスト役を務めた対談集で構成しています。丸井グループがESGに注力し始めたのは2007年ごろからで日本企業としては異例の早さでした。
「07年は深刻な経営危機に陥っていました。百貨店や総合スーパー(GMS)中心のビジネスモデルが陳腐化し、『ヤングの丸井』といった強みも薄れていました。短期的な成果に偏った人事評価制度で会社と社員の信頼関係も弱くなり、会社が潰れてもおかしくない状況に追い込まれていました。その時にESGに巡り合い、徹底的な意識変革を決断しました。改めて『私たちは何のために働いているのか』を問い直しました」
――同時期の米リーマン・ショックが経営に打撃だったのでしょうか。
「急に悪化したわけではなく、バブル経済の崩壊後から業績は低迷していました。一方で1991年1月期に最高益、30期連続増収増益という記録を作ったせいで、成功体験から抜け出せなかった」
「10年以上にわたって累計4500人以上の社員と対話を続け、仕事に対する考え方を時間の提供から価値の創出とする企業文化へと転換しました」
――ESGを進めるにあたり、丸井グループの風土として特徴的なのが「手挙げの文化」ですね。
「女性活躍やウェルビーイング、お客さまニーズ会議などのテーマを設定しプロジェクトメンバーを社内公募する仕組みです。強制、やらされ感、上意下達などとは真逆です。自らプロジェクトに参加する社員は約82%にまで達しました」
「人の成長=企業の成長」に基づいた企業価値の向上を目標に掲げる。退職率は3%、入社3年以内の離職率は約11%(全国平均は約31%)。平均残業時間は以前の月11時間から4時間に減少した。今後は教育・研修費からインキュベーション会社への出資額などを加えた人的資本投資を26年度には約120億円(人件費全体の3割)まで加速させる。
「利益が出ているからESG実行」にあらず
――ESGは企業価値の拡大に直結せず、コスト面で見合わないとの見方が根強い。
「当社の場合、利益が出ているからESGを実践しているのではなく、ESGを継続したからこそ成長も可能になったとみています。新型コロナウイルス感染症拡大前の19年3月期は、連結営業利益が10期連続増益、1株当たり利益(EPS)も28年ぶりに最高を更新しました。ESGの取り組みを本格化させた14年3月期との比較では、株価は約2.5倍、EPSは約2.1倍です。利益の伸びよりも株価が上回っているのは、経済成長以外の分野で評価されている部分があるからだと考えます」
ESGで事業領域を広げる
――2章からはESG経営、デジタル行政、(環境や人権に配慮した)エシカル消費、ウェルビーイングなどの分野における第一人者らとの対談です。花王の澤田道隆会長とはESGを推進する経営トップ同士の対談でした。
「澤田会長の『ESGは事業領域を広げる』という言葉には、わが意を得た気持ちでした。私たちも『応援投資』というデジタル社債のサービスを始めました。当社のカードを使って発展途上国を支援する仕組みです。カード会員は誰かの未来を応援する社会貢献への取り組みと、預金より高い利息収入という資産形成の両立をめざし、当社は小口金融サービスを国際的に展開した手数料ビジネスが成立します。日本から途上国に向け安定的に資金を送る仕組みが不十分で、日本国内と途上国には大きな金利差があります。日本の投資家にとっても現地の人々にとっても利益になる金融商品を紹介することができます。第1回の公募がすぐに満額となったので9月に第2回を募集します」
「ESGを進めていく上でトップダウンが重要という澤田社長の指摘にも共感しました。やはり最後はリーダーの決断が決め手になります。ただトップダウンのまま終わらせると混乱したままになりかねないので、ボトムアップまで落とし込むことは欠かせません。ESGが成長につながることも経営としては外せません」
――本書では青井社長より若い世代との対話が多い。ステークホルダーに「お客さま、株主・投資家の皆さま、お取引さま、地域、社会、社員」とならんで「将来世代」も挙げています。
「45歳を超えたら先輩よりも若い人々に教えられることが多くなってきました。Z世代(1990年代後半以降生まれ)はデジタル・ネーティブだけでなくサステナビリティー・ネーティブでもある。近未来の社会の仕組みや消費行動を大きく作り直す可能性があり、年齢差を超えて意見を交換したい。そのために、2名のZ世代の方に中長期的な企業価値向上への『アドバイザー』に就任していただきました」
渋谷マルイは木造施設に
――Z世代の心に刺さる店舗づくりは可能でしょうか。
「東京・渋谷に本格的な木造商業施設を建設します。1971年にオープンした渋谷マルイは旗艦店的な存在です。サステナビリティーを意識して環境負荷軽減を目に見える形で提供します。2026年に開業予定です」
――日経BizGateの読者にお勧めの書籍はありませんか。
「『宇宙船地球号 操縦マニュアル』(バックミンスター・フラー著、ちくま学芸文庫)を勧めます。SF的でもあり、話題があちこちへ移動するので、説明・要約するにも途方に暮れてしまう本ですが、何度も繰り返し読みたくなります。『富とは、私たちが将来世代のために準備できた未来の日数のことである』という文中の文言から、企業のあり方や経営への向き合い方についても多くの示唆を得ました。例えば、環境問題に企業が取り組むべき理由は何か。この問題のステークホルダーである将来世代のためであることを納得させてくれました」
(聞き手は松本治人)