アトツギの作法

経営厳しい金属加工業、M&Aでスピード売却 どうする事業承継 アトツギの作法 石田インダストリ(東京都八王子市)

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石田インダストリ(東京都八王子市)は金属加工業を手掛ける。収益の柱だった雑貨の輸入から撤退し、主力のエレベーター部品の販売も縮小していたが、資金繰りが厳しくなり売却を決断した。別の製造業を個人で買収して間もない起業家が買い手として名乗りを上げ、2カ月足らずでM&A(合併・買収)による事業承継に成功した。

エスカレーター手すりの自動清掃用品がヒット

同社は1964年に石田泰三氏(故人)が埼玉県浦和市(現さいたま市)で設立。ベルギーの高級タオルを輸入する事業を手掛けた。技術者でもあった泰三氏は子供が上手に歯磨きできるようにする歯ブラシなどのアイデア自社製品も次々と開発した。

その中の1つで、エスカレーターの手すりを自動清掃する「ベルクロス」は、電機大手系のエスカレーター製造会社が採用。エスカレーター据え付けのための治工具製造受注にもつながった。ベルクロスを取り付ける百貨店の顧客もついた。

高級タオル、エスカレーター関連の両事業を柱に一時は年間売上高が約1億6000万円に達した。泰三氏の長男の泰士(ひろし)氏(79)が社長を継ぎ、泰士氏の実弟の専務と2人で会社を切り盛りしてきた。

しかし、高級タオルの製造元は約3年前にフランスの企業に身売りした。「製品も営業スタイルも変わってしまった」(泰士氏)ため、輸入販売を取りやめ、同事業から撤退した。

ベルクロスも売り上げが徐々に落ち込む傾向にある。同製品は手すりの引き込み口に取り付ける。エスカレーター各社は引き込み口に手を挟まれる事故を防止するため、センサーを取り付けるようになった。センサーが誤作動しないよう、機種ごとにベルクロス取り付け用のアタッチメント(付帯部品)の形を変える必要があったが「開発投資する余力がなく、改良が追いつかなかった」(泰士氏)ため、取り付けられるエスカレーターの機種が減った。

一時は「キャッシュがない」状態に

2022年9月に、実弟の専務が年齢を理由に退職した。「高齢の父が1人で会社を続けるのは大変だ。後を継ぐ準備をしなければ」。入れ替わりに、泰士氏の長男の善久氏(49)が自動車部品メーカーを退職し、同年10月に専務として入社した。

善久氏は入社当初、ベルクロスを取り付けるアタッチメントの金型を新たに発注するなど、円滑な承継に向けて事業拡大に取り組んだ。しかし、ほどなく厳しい現実に気付かされた。

貸借対照表上は泰士氏個人からの借入金や未払いの役員報酬などがかさみ、債務超過になっていた。また、エスカレーター関連の事業の売り上げが減り、事業所運営に伴う現金支出が現金収入を上回った。2023年4月には「倒産寸前というぐらいキャッシュがない状態」(善久氏)に陥った。

「廃業するにも費用が必要で、取引先に迷惑も掛ける。電気大手グループと直接取引ができることを評価し、買収してくれるところはないだろうか」。善久氏は2023年7月にさいたま市内にある埼玉県事業承継・引継ぎ支援センターを訪ねた。「うちはいつ倒れてもおかしくない会社です。スピード重視で買い手を見つけられる方法はありませんか」。紹介されたのが、インターネット上で事業承継のためのM&Aを仲介する仕組みを提供するバトンズだった。

8月にバトンズの担当者からオンライン会議で事業概要などのヒアリングを受け、同月下旬に登録、バトンズの仲介サイトに匿名での売り手情報を掲載した。

DX駆使し業務改善する買い手が名乗り

外資系産業機械メーカーで営業などを担当していた山下悟郎氏(49)は2019年、個人に対してM&Aで小さな企業を買収する手法で起業を勧める書籍に出会った。仕事柄、常日ごろから製造業での起業も頭にあったが、設備投資など資金がかさみ実際は難しいと思っていた。「M&Aで既存の製造業を買えるなら、顧客がついて仕事は回っているし設備もそのまま使える。できるかもしれない」と考えた。

事業家でもある書籍の著者主催のウェブサロンに入会し、M&Aに関する知見や人脈を蓄えた。個人の買い手としてバトンズにも登録した。

その後、2022年4月に精密部品製造業、グリッターテクノ(東京都八王子市)を個人で買収して社長に就任した。同社は電機大手グループを顧客に持つが、営業担当者が退職して受注が急減、前のオーナーが売却に踏み切っていた。

山下氏は知識のあったデジタルトランスフォーメーション(DX)技術を活用して、見積もりや生産管理などの自動化を進め、事務作業の負担を大幅に減らした。山下氏自身も営業に専念できたことで収益を回復できた。

それでも「グリッターテクノ単独では受注を増やすのに限界がある。工場の稼働率も上げなければならない」。事業拡大には、さらなるM&Aも必要と考え、グリッターテクノの既存事業との相乗効果が見込める買収先を探していた。

2023年8月、バトンズの仲介サイトで、匿名になっている石田インダストリの売り手情報を目にした。大手と直接取引口座があるといった情報に興味を持ち、仲介サイト上で秘密保持契約(NDA)を結んで、企業名などの詳細な情報を得た。

部品を製造しているグリッターテクノとは異なり、既にベルクロスという自社製品を持っていることや、電機大手グループや百貨店を顧客に持つことなどがわかり、情報に記載されていた善久氏の連絡先に電話した。

仲介サイトを活用 2カ月弱でM&A成約

泰士、善久両氏と山下氏が、さいたま市の石田インダストリ本社(当時)で顔を合わせたのは、石田インダストリがバトンズに匿名で売り手情報を公開して1週間あまりたった9月上旬だった。

事業内容を直接聞いた山下氏は、ベルクロスなどエスカレーター関連の製品や治工具を、グリッターテクノの顧客で、エスカレーター事業も持つ電機大手グループにも売り込めるとみた。

山下氏は省エネ機器の営業代行会社も起業していた。省エネ機器は石田インダストリの顧客である百貨店に販促できる機会も見込める。「ピースがうまくはまる」と相乗効果を確信した。足元の状況の厳しさも含めて包み隠さず話す泰士、善久両氏に「真摯な姿勢で人柄も信頼できる」とも感じた。

泰士、善久両氏からみると、グリッターテクノは同じ金属部品製造を手掛けており、事業を引き継ぎやすかった。山下氏については「サプライヤー、顧客を大事にする我々の考え方も理解してもらえる。この人なら会社を任せられると思った」(善久氏)。

両氏は山下氏以外に2社とも交渉したが、価格面でも山下氏が最も好条件だった。資金繰りの都合から早く売却を進めたかった意向もあり、初対面から約2週間後の9月中旬には山下氏に独占交渉権を与えた。財務内容の評価(デューデリジェンス)を経て、匿名情報の公開から2カ月弱の10月中旬、両氏と山下氏はM&Aで正式に合意した。

精密部品製造会社と本社を統合

石田インダストリはグリッターテクノの完全子会社になり、本社も2024年2月に東京都八王子市のグリッターテクノ本社所在地に移転。泰士、善久両氏は石田インダストリから役職とともに退いた。「他の方に会社を渡すのだから、『立つ鳥跡を濁さず』で、2人でさらっと身を引こうと決めていた」(善久氏)

山下氏は、ベルクロスについては、泰士氏の頭の中にあった取引関連の情報を書き出してもらい、デジタル化する作業を進めている。「リピート発注に素早く対応できるようにし、早く仕事を回しやすくする」。エスカレーター据え付けの治工具製造もグリッターテクノに移し、早期での統合効果を見込む。

善久氏は前職の自動車部品メーカーに復職が決まった。「売却が決まり、リスクも含め、本来なら自分の肩に全部来るものが、短期間で別の方に引き受けてもらうことになってほっとした」と振り返る。その一方で「祖父と父が60年間頑張ってきた会社がいずれなくなる可能性があることに寂しさも感じる」という。

泰士氏は2年前に大病を患い、手術を受けた。「1人で会社を続けても3年持つか持たないかだった。今後はやっと自分の時間が持てそう」。幸い病気が再発する兆候はない。若い頃に趣味だったテニスなどの運動に専念できることが楽しみだという。

(一丸忠靖)

「どうする事業承継 アトツギの作法」は中小企業診断士の資格を持つベテランのライターが、事業承継に取り組んだ中小・中堅企業の実例をリポートします。随時掲載。

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