カナダで先住民文化を体験する「先住民観光」が急成長している。サステナビリティ―(持続可能性)を重視してきた先住民文化への関心が高まっていたなか、身体的・精神的・社会的に良好な状態であるウェルビーイングを追求するうえでも、自然と共生しコミュニティーで支え合ってきた先住民族の生き方に注目が集まっている。先住民観光は今後の観光をけん引する新たなテーマになりそうだ。
年成長率23.5% 日本人観光客の2割が関心
「カナダの観光全体のなかで先住民観光の成長率は年23.5%と、他の観光セクターの成長率(同14.5%)を大きく上回っています」。カナダ先住民観光協会(ITAC)のキース・ヘンリー会長兼CEOはこのほど北海道大学(札幌市)で開催した「先住民観光の挑戦」(北海道大学観光学高等研究センター、カナダ観光局、アイヌ民族文化財団、国立民族学博物館主催)の基調講演でこう話した。新型コロナウイルス禍で観光客の受け入れを制限した直前の数字だが、足元でも急速に回復しているという。
観光といえばメープルシロップやオーロラを思い浮かべる人が多いカナダで先住民観光が急拡大している。ITACの調査によると、カナダを訪れる観光客の3人に1人(37%)が先住民観光体験に興味があると回答している。特にフランス(63%)、ドイツ(47%)の観光客が高い。日本人観光客も21%が先住民文化体験を目的としたカナダ旅行に関心を持っているという。新型コロナ禍で、先住民がこれまで実践してきた自然との共生に注目が集まっていることも大きな理由だ。
先住民の経済的自立促す
カナダの先住民とは欧州などから移民が来る以前からその地に住んでいた人たちだ。現在でも、人口160万人以上と総人口の約5%を占める。先住民は多様な文化的背景からいくつかのグループに分かれ、それぞれが独自の文化を持つ。先住民が自分たちの文化を発信し、観光客に体験してもらうのが先住民観光だ。先住民文化の保護や理解促進だけでなく、経済的に弱い立場にある先住民の雇用促進など経済的自立につながる。
先住民観光への投資も活発だ。2022年は政府からの投資を含め年間2900万カナダドル(約31億円)規模に達している。先住民観光関連企業は1900 社まで増え、約4万人を雇用する産業となった。国内総生産(GDP)への年間寄与額は19年時点で19億カナダドル(約2060億円)だ。収入の増加で「先住民観光からの税収が大幅に増え、政府からみれば有望な投資先になっている」(キース・ヘンリー会長)。
女性の社会進出や企業の多様性推進も後押ししている。先住民観光関連企業の33%は女性起業家が所有している。この割合はカナダの非先住民観光関連企業の2倍以上となっている。先住民観光関連企業の従業員の57%を先住民が占める。この割合は他のセクターに比べ4倍以上だ。
認証制度で消費者に安心感
市場規模が拡大するとともに課題も浮上している。先住民観光に関心を持つ観光客は多いものの、真の先住民文化体験がどのようなものかを認知している観光客はなお少ないということだ。そこで、ITACは先住民観光の認証プログラム「ザ・オリジナル・オリジナル」を開始した。観光プログラムや施設などが先住民の価値観を反映しているかなどを認証するもので、観光客にとっては真の先住民文化体験プログラムを安心して選べる先住民観光のブランドとなっている。今後はカナダ国内だけでなくオーストラリアなど他国とも協力し先住民観光の発展に取り組む。
カナダはこうした取り組みを通じ、2030年には先住民観光関連企業2700社、雇用6万人、GDP寄与額年60億カナダドル(約6500億円)をそれぞれ目指す。
カナダの先住民は同化政策など迫害を受けた歴史があり、カナダ政府は和解を促進するための政策を進めている。キース・ヘンリー会長は「先住民観光は行動で示す和解」と話している。国連の「持続可能な開発目標(SDGs)」でも「人や国の不平等をなくそう」との目標が掲げられ、先住民の尊重は各国の重要な政策になっている。そうしたなか、新型コロナ禍やウェルビーイングへの関心の高まりで消費者マインドも変化し先住民観光の人気が高まっている格好だ。先住民観光はカナダなどの先進地を中心に、今後の観光をけん引しそうだ。
(町田猛)