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思い通りでなくても悩まない 「絶対悲観主義」の勧め 一橋大学ビジネススクール楠木建教授に聞く

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ビジネスの最前線で「やりぬく力」を意味するGRITや、レジリエンス(柔軟性・強じん性)が注目されている。ただ、順調に仕事が進んでも、途中で誤算や挫折が生じることは避けられない。一橋大学ビジネススクールの楠木建教授は「思い通りにうまくいく仕事なんて世の中にひとつもない」と語る。むしろ「絶対悲観主義」の姿勢こそがビジネスパーソンにプラスの効果を与えると説く楠木教授にエッセンスを聞いた。

■「成功の呪縛」から自由になってやり続ける

――ビジネスパーソンの心構えとして、自ら実践している「絶対悲観主義」(講談社+α新書)を出版しました。たしかに「GRIT重視」「目標に向かって全力疾走」と常に緊張を強いられていては、最後は擦り切れてしまいます。

楠木「GRIT、レジリエンスは一種の呪縛です。『成功させなければならない』と思い込むから、予定が少し狂っても逆境に陥った気分に襲われます。自分の思うままに進む仕事なんて、ほとんどありません。この身も蓋もない真実を直視すれば、戦争や病気を除いて、本当の困難に直面することが大きく減ります。学生の頃から、こちらの都合通りにはいかないと私は割り切って考えています」

「『絶対』と覚悟を決めることがポイントです。仕事の種類や状況にかかわらず、あらゆる点でうまくいかないという前提を持ちましょう。すると『ま、ちょっとやってみるか』という構えで臨むことができます」

――著書の中で、一流のアスリートに共通するテーマが「成功体験の復讐(ふくしゅう)」であると指摘しています。

「多くの記録を塗り替えた成功体験に縛られるのは、非常に苦しいことだと聞かされてきました。私の考える最強のソリューションは『成功しない』ことです。客観的にある程度達成できても『これは成功と呼べるほどではない』くらいの認識でいるのがいい。成功の呪縛から自由になれば、淡々とやり続けることが可能です。人生100年時代に入り、仕事や生活の時間はより長くなります。筋トレとストレッチの関係のように緊張と弛緩(しかん)のバランスに気を付けたいです」

■絶対悲観主義で享受する6つのメリット

――実践面における絶対悲観主義のメリットにも触れていますね。

「第1に実行するのが簡単です。失敗は最初から想定の範囲なので、心安らかに受け止めることができます。第2に仕事に取りかかるまでのリードタイムが短くなります。普通は大事な案件ほど、ついつい後回しになりがちですが、絶対悲観主義は『失敗できない』とは考えないので、仕事の立ち上がりが早くなります。第3はリスク耐性が高くなります。不確実性が高い時代ほど必要になってきます。第4に実際の失敗に対する耐性も高くなります」

「5番目は自然に顧客志向になります。仕事の先には取引先やクライアントだけでなく、上司や部下など自分を必要とする『お客』が存在し、自分の事情に忖度(そんたく)してくれません。自然に相手の立場で物事を考えるようになります。最後に自分自身に固有の能力が見えてきます。絶対悲観主義者は『◎◎が上手ですね』と言われても真に受けません。謙虚なのではなく、自分の能力を信用していないからです。しかし10年も評価を受けていると『地に足の付いた楽観主義』が生まれてきます」

■根拠の無い楽観主義は最後に悲観主義に陥る

――絶対悲観主義と相いれない姿勢は何でしょうか。

「根拠の無い楽観主義ですね。我々は切羽詰まると『恐らく××となるだろう』『◎◎が何とかしてくれるだろう』と都合の良い方へ逃避しがちです。しかし、まずその通りにはなりません。裏付けのない希望に裏切られ続けると、自暴自棄的な悲観主義に陥ってしまいます」

――思考様式のあり方にも言及しています。

「アウトサイドイン・インサイドアウトといった分類があります。今後の見通しなど可能な限りの情報を知っておいて、良いものを選択するのが前者、直観が先にあってその後に外部に目をむけるのが後者です。いわば手順の違いですが、相手に合わせてうまくやろうという気持ちが先立つと、思い切った決断ができません。どのみち最初から成功できないのなら、まずは自分が好きな方を選択するようにしています」

■絶対悲観主義を実践した昭和の大女優

――過去に絶対悲観主義を実践した人は誰でしょうか。

「女優の高峰秀子さん(1924~2010)は絶対悲観主義の先駆者でした。5歳で子役としてデビューし、「二十四の瞳」「浮雲」など300本以上の映画に出演した昭和期の大スターで、俊逸なエッセイストでもありました。周囲が何でも言うことを聞いてくれ、本人も全能感を持ってワガママに振る舞っても不思議はありませんが、仕事場での無遅刻・無欠勤を貫き、監督の指示通りに演技し『我』を出すことはありませんでした。飾り過ぎないこと、背伸びしないことをモットーとしていました」

「高峰さんは信用(=ブランデッド)と人気(=ブランディング)をしゅん別していました。女優は文字通り人気商売です。しかし、人気は一時的なもので最後に残るのは信用。『この映画は高峰が出ているから大丈夫』と思ってもらえるように、高峰さんは仕事の根底に信用を置いていました。『引退です、なんていうのはおこがましい。そのうち誰からも必要とされなくなるんだから、煙のように消えてなくなればいい』は高峰さんの名言です。理想の仕事の終わり方と考えます」

「歴史上の人物では、徳川家康が絶対悲観主義者でしょうか。20歳代から関ケ原の戦いまでの生き方をみると、前途を悲観しつつも『やってみるか』と思い切りよく決断する局面が少なからず見られます。家康の一番の功績は、天下を制覇したことではなく、自分が作った統治システムを約260年間持続させたことにあります」

――若い世代に絶対悲観主義を推奨しています。

「起業家志向の若者にアドバイスを求められると『何の心配もいりません。絶対にうまくいかないから』と答えることにしています。必ずと言っていいほどイヤな顔をされますが、現実はそういうものです」

「能力に自信がある人ほどプライドが高いものです。仕事には誇りを持たなければなりませんが、プライドはある程度の実績を積んでからでも遅くありません。若者の特権は時間があることでも未来の可能性があることでもアタマが柔軟なことでもありません。最大の特権は『まだ何者でもない』ことです。失敗で被るサンクコスト(回復できない埋没費用)が小さいから、若い人にこそ絶対悲観主義を勧めたいと思います」

(聞き手は松本治人)

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