平均年収が1438万円で、年間休日は128日、女性の育児休業取得率は100%――。ワープロソフト「一太郎」、日本語入力システム「ATOK(エイトック)」で知られるジャストシステムが公表している実績だ。売上高は過去5年連続で増え続け、2022年度には419億円に達している。しかし、00年代前半には赤字が続き、窮地に立った。日本語入力の礎(いしずえ)を築いた同社が直近の15年間ほどでたどった、新たな成長軌道に乗る道のりを振り返る。<前回の記事 日本語入力の先駆者で独走者 「ATOK」強さの理由>
ソフトバンクの創業期を支えたビジネスは出版だったが、今や見る影もない。時流をとらえて変わり続けるのは、成長を重ねる企業に共通する営みだ。かつての成功体験を脱ぎ捨てるようなチャレンジは時に痛みを伴い、容易ではない。ジャストシステムも過去15年ほどの間に収益の柱を様変わりさせた。
一太郎とATOKでビジネスユーザーを獲得したが、オフィスのパソコンを巡る陣取り合戦は競合他社との間で長く続いた。インターネットの浸透に伴い、ワープロソフトはウェブブラウザーやメールソフトなどとの連動性が求められるようになった。一方、横書きの普及に伴い、縦書きレイアウトの美しさは重視されなくなり、シェアの高い表計算ソフトとのシームレスな使い勝手のほうが期待されるようになっていった。
ジャストシステムは一太郎とATOKの練り上げを続け、着実にソフトのバージョンアップを続けたが、同社を取り巻く環境は厳しさを増した。そうした中、09年4月に発表したのがキーエンスとの資本・業務提携。キーエンスは筆頭株主になった。「変化を支え、進化を加速させる」を掲げるキーエンスからもたらされる知見やビジネスマインドは、パソコン向け業務ソフトが成熟期を迎え、年賀状需要も見込みにくくなりつつあった当時、ジャストシステムの進化を促す格好の触媒と期待された。
その成果は割とすぐに出たようだ。約3年後の12年に発売した、タブレットで学ぶ通信教育「スマイルゼミ」は早くから教育市場で評価を得た。今やこの分野でのデファクトスタンダード化しつつあり、スマイルゼミは経営の太い柱に育った。昔からのユーザーには一太郎、ATOKのイメージが強いだろうが、子育て世代にとってはスマイルゼミを通じての印象が強そうだ。「共働き世帯が増えて、家庭で宿題を見てあげられない状況にも対応したかった」と、同社ソリューションストラテジー事業部 企画開発グループの國貞暁セクションリーダーは開発に込めた思いを語る。
スマイルゼミの際立った持ち味はすべてのコースで「書く学び」にこだわっている点だ。紙と鉛筆での学習と同じように、タブレット上で「書く」という動きが自然にできるので、高い学習効果が得やすいという。小学生コースでは学習の習慣化を促すサイクルを用意して、モチベーションを保つ仕組みを取り入れている。
学びの機能に加え、外部のSNS(交流サイト)やウェブサイトにアクセスできないシステムが利用者から支持を得ているという。単に学ぶだけではなく、「みまもるトーク」機能を用いて、子どもが保護者に学習結果を報告したり、保護者が子どもをほめてあげたりできることは学ぶモチベーションの維持に役立っているようだ。キーボードをたたくのではない、ペン入力ならではのヒューマンなつながりを感じやすいのはスマイルゼミの強みだ。