BizGateコラム/ウェルビーイング

幸福追求のジレンマ 職場でどう乗り越えるか 実践ウェルビーイング経営(下) ビジネスリサーチラボ代表 伊達洋駆

ウェルビーイング 人的資本 組織

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ウェルビーイングに対する社会的な関心が高まっています。ウェルビーイングは「幸福感」と訳され、人生の満足度や充実感、ポジティブな感情を意味します(※1) 。

ウェルビーイングについては多くの場合、プラスの側面が取り上げられます。しかし、マイナスの側面とまでは言えないものの、気をつけるべき側面も存在します。

すなわち、企業でウェルビーイングを推進するときに考慮したほうが良い点もあるのです。そうした点にも気を配ることで、ウェルビーイング施策の厚みが増します。

本コラムでは、ウェルビーイングの理解に対する新しい視点を提供するため、2つの研究を紹介します。その上で、社員のウェルビーイングを高める際の実践的な含意を探ります。

幸福を求めると幸福から遠ざかる

1つ目の研究は、幸福を追求することが逆に幸福を感じにくくする、という興味深いものです (※2)。主に女性を対象に2種類の調査・実験を行った研究で、幸福をどれほど重視するかと、幸福をどれほど感じているかの関連を検証しています。

初めの調査で明らかになったのは、幸福を重視する人ほど、特にストレスの低い状況において、ウェルビーイングが低いことでした。続く実験では、幸福を重視するよう操作された人は、幸福な感情を引き出そうとする試みに、ポジティブには反応しませんでした。

これらの結果から、幸福を重視する人ほどウェルビーイングが低いことが分かります。なぜ、そのようなことになってしまうのでしょうか。

目標追求の副作用が1つの理由として考えられます。人は何かの目標を定めた際、自分が高い水準に達しないと失望を感じることがあります。特に、目標が達成しやすいと感じる状況で、自分のパフォーマンスが高くないと、失望は大きくなります。

幸福を重視する人にとっては、幸福が目標になります。自分が高いレベルで幸福でなければ失望が生じ、ウェルビーイングに悪影響を及ぼすのです。実際、この研究では、幸福を重視する人は失望を感じやすいことが明らかになっています。

同様の理由から、ストレスの低い場面でもウェルビーイングが低くなることも解釈できます。ストレスが低いとウェルビーイングが高まりやすいのですが、幸福を重視する人にとっては通常より高い水準を求めるようになるため、失望を感じ、ウェルビーイングが下がるのです。

幸福を重視することは良いことだと思われるかもしれません。しかし、この研究は逆の結果を出しており、ウェルビーイングに対する深い洞察が得られます。幸福を追い求めることがある種、自滅的に働く可能性があるのです。

幸福を重視すると孤独感を覚える

ウェルビーイングについて考えさせられる2つ目の研究は、幸福を求めることがなんと孤独感を誘発する可能性を示しているというものです(※3) 。

この研究でも2回の調査・実験が行われています。初めの調査では、毎日数百人の対象者からデータを得ました。その結果、年齢や性別、社会的地位などを問わず、幸福を大切にしている人ほど孤独を感じることが分かりました。

この結果を受け、さらに実験が行われました。幸福を重視する度合いを操作して、孤独感への影響を検討しました。ここでも同じく、幸福を大事にするグループの人は孤独感を強く感じていました。

しかも、孤独感と関連すると考えられているプロゲステロンというホルモンの低下も確認されました。孤独感の増加は客観的な情報でも裏付けられたと言えます。

なぜ幸福を追い求めることが孤独感を促すのかが気になるところです。そこでポイントになるのが、誰の幸福を追い求めるのかという点です。「自分」の幸福を重視し追求しているのですが、これは自分の利益を高めようとしています。

このような、ある意味で利己的な幸福追求が強まるほど、周囲とのつながりが損なわれ、孤独感が募ります。幸福は大事なことではありますが、自分の幸福を重視すると他者とのつながりが疎遠になり、幸福からは遠ざかるのです。

副作用に対処するための4つの対策

2つの研究をもとに、ウェルビーイングの一筋縄ではいかない部分を取り上げました。私たちの素朴な感覚に反して、幸福を重視するとウェルビーイングに悪影響が及ぶことが分かりました。

これらの研究は、企業がウェルビーイングを推進しようとする際に、4つの注意点があることを教えてくれます。

①間接的に高まる環境をデザインする

ウェルビーイングを推進するプロセスで、社員に対して自分の幸福に目を向けるようにするアプローチは危険です。これは、社員のウェルビーイングを高めようとするときに、「ウェルビーイング、ウェルビーイング」と言い過ぎない方が良いという考え方もできます。

それよりも、社員を取り巻く環境をデザインすることで、間接的にウェルビーイングを高める方法が有望です。これは「北風と太陽」の寓話(ぐうわ)に似ています。ウェルビーイングを直接吹き付けるのではなく、自然と高まる状況を作り出すのです。

具体的な環境づくりの方法については、前回のコラム(『能力開発・上司の助言……社員が幸福に働ける4つの条件』)で詳しく紹介しているので、そちらを参考にしていただければと思います。

②企業単位で目標を設定する

幸福を重視し、それを目標とするとウェルビーイングに良からぬ影響が起こります。しかし、今回の研究が示しているのは、個人のレベルでの幸福追求の副作用です。

組織のレベルでウェルビーイングを高める動きがマイナスになるわけではありません。企業全体としては、社員のウェルビーイングを高める目標を立てましょう。目標を立てなければ施策は進みません。効果測定も困難になります。

③幸福ではなく成長を追求する

幸福追求があまり良くないとすれば、社員個々人は何を追求すれば良いのでしょうか。1つは成長です。自分の能力を高めたいという志向を持てば、様々な経験や機会に巡り合えます。

成長を実現していくと、自分にできることの範囲が広がり、仕事に対する意欲も高まります。企業としては、社員に対して幸福に目を向けるのではなく、成長に焦点を当てるように促すと良いでしょう。

成長を追求する姿勢を促すには、仕事を通じて成長した事例を見聞きするのがベターです。能力は高まるものだと感じると、能力を高めようと思えます。

そこで例えば、マネジャーが自身のキャリアを語り、これまでの成長の軌跡を共有しましょう。今はうまく仕事を進めるマネジャーも、様々な失敗に直面し、そこから少しずつ学びを得てきたはずです。

また、職場において、自分の経験とそこから得た教訓をセットで話す機会を作るのもおすすめです。仕事を通じて成長が得られると思えて、能力開発に前向きになれます。

④つながりを追求するのも効果的

幸福の代わりに、もう1つ追求すると良いのは「つながり」です。つながりを深めることで、尊重され、敬意を払い合う関係の中で働くことができます。そのことはウェルビーイングにもプラスになります。

まずは、社内の知り合いを増やすよう促していくと良いでしょう。例えば、社内で定期的にチームビルディングを行います。他にも、ランチをともにしながら話をすると、関係構築に結びつく可能性があります。

さらに、部門横断的なプロジェクトを組成し、様々な立場の社員を巻き込むのも一手段です。普段の仕事で出会えない人と関われるのが、このアプローチの利点です。

また、社外の勉強会への参加を奨励することもあります。費用面での支援を行うと喜ばれます。実際に勉強会に参加する社員の様子を伝え、ロールモデルにすれば、参加に対するハードルも下がります。

本コラムで示したのは、ウェルビーイング施策の進め方に気をつけなければ、逆効果になる可能性があることです。ウェルビーイング自体が有効であることには変わりありません。

ウェルビーイングを推進する折には、本コラムで述べた側面を思い出し、適切な対策を講じていただければと思います。

伊達洋駆(だて・ようく) 
株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科博士前期課程修了、修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、11年にビジネスリサーチラボを創業。組織・人事領域を中心に調査・コンサルティング事業を展開し、研究知と実践知の両方を活用したサービス「アカデミックリサーチ」を提供。15年から採用学研究所の所長、17年から日本採用力検定協会理事。著書に『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著、日本能率協会マネジメントセンター)など。

(※1)Anglim, J., Horwood, S., Smillie, L. D., Marrero, R. J., and Wood, J. K. (2020). Predicting psychological and subjective well-being from personality: A meta-analysis. Psychological Bulletin, 146(4), 279-323.

(※2)Mauss, I. B., Tamir, M., Anderson, C. L., and Savino, N. S. (2011). Can seeking happiness make people unhappy?: Paradoxical effects of valuing happiness. Emotion, 11(4), 807-815.

(※3) Mauss, I. B., Savino, N. S., Anderson, C. L., Weisbuch, M., Tamir, M., and Laudenslager, M. L. (2012). The pursuit of happiness can be lonely. Emotion, 12(5), 908-912.

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