パワーハラスメントを防ぐ改正労働施策総合推進法(パワハラ防止法)が2020年6月の施行から3年弱が経過した。しかし、企業におけるパワハラ関連の相談件数は依然多い。企業が現在、実施している対策・研修は重要なポイントを見落としていないか。「パワハラ上司を科学する」(ちくま新書)の著者、神奈川県立保健福祉大大学院の津野香奈美・ヘルスイノベーション研究科准教授に聞いた。
パワハラ上司に業種や部署を超えた共通の特性
「熱血」上司の愛情的指導や教育的言動の行き過ぎがパワハラにつながると思われがちだが、大前提としてパワハラの認定に行為者側の善意や認識の程度は関係しない。「頻度(執拗に叱責など)」「態度(高圧的、声高など)」「限度(人格攻撃など)」が不適切ならば「業務上必要かつ相当な範囲を超えている」としてパワハラに該当する。
パワハラ上司には業種や部署を超えて共通の性格特性がみられるという。17年にノルウェーで242人を対象に実施した研究では、パワハラ行為者は行っても受けてもいない者と比べて明らかに協調性・誠実性が低かった。
19年にスウェーデンで行われた研究では、技術職から調理師まで様々な職種の172人について性格を検査し、職場で実際にどの程度パワハラ行為をしたかについて詳細に調査した。その結果、「マキャベリアニズム、サイコパシー、ナルシシズムといった性格特性の持ち主と、現実のパワハラ行為に中等以上の関連性がみられた」(津野氏)という。マキャベリアニズムは目的のためには手段を選ばない傾向のことだ。サイコパシーとは他者への共感力や良心の欠如を指す。ナルシシズムは自己愛が強く自分のために他者が何かしてくれるのは当たり前だと思う傾向にあるので、結果的にタダ働きさせたり手柄を横取りしたりする。「心理学で『ダークトライアド』と呼ぶ性格特性だ」と津野氏は説明する。
マキャベリアニズムの高い人は指導的な地位に就いている割合が高く、ナルシシズムの高い人物は最高経営責任者(CEO)として企業を飛躍させるケースがみられるとした研究結果もある。さらにCEO、弁護士、外科医といった職業はサイコパシーの得点が高い傾向にあるという。それでも津野氏は「長期的にはダークトライアドが組織を疲弊させる恐れがある」と分析する。
部下を成長させるためには、パワハラではなく承認欲求に働きかけることが効果的だ。津野氏によると、仕事へのモチベーションに40〜50代が(1)やりがい・達成感(2)出世・役職(3)生活の基盤作り、などを挙げるのに対し、20〜30代は(1)顧客からの感謝(2)社内での存在価値(3)仲間や家族からの評価、などを挙げるという調査結果もある。
パワハラを受けやすい人を性別で比べると、「日本では男女ほぼ同数か、男性の方がやや多い」(津野氏)。過去3年間にパワハラを受けたのは16年で男性33.9%・女性30.7%、20年は男性33.3%・女性29.1%と男女差がやや拡大している(厚生労働省調べ)。津野氏は「我々のチームが20年に約3万人を対象にした調査でも男性の方がパワハラを受けるリスクが高いという結果が得られた」と話す。一方、パワハラ上司も男性が多い。日本の管理職は圧倒的に男性が多いことも理由のひとつだ。
男女では受けるパワハラの内容もやや異なる。女性は「人間関係からの切り離し」「個の侵害」、男性は「過大な要求」「過小な要求」「身体的な攻撃」が多い。ただ、男女とも最も多いパワハラは「精神的な攻撃」で共通している。
セクハラからの類推で女性は男性の上司からパワハラを受けやすいと思われがちだが、これも違う。男性は男性の上司から、女性は女性の上司からパワハラを受けることが多いという。女性同士のパワハラは職場の対応をより難しくしている。無視、仲間はずれ、プライベートの詮索は個人間の争いで、会社が対応すべき問題でないと認識されがちだ。ベテランの男性管理職でも女性同士の諍(いさか)いには「皆で仲良くやってください」程度しか口を出せないのが実情だ。
明らかなパワハラ案件は氷山の一角
ちょっとした工夫で望ましい行動選択を後押しするナッジ理論(行動経済学)を応用できれば、パワハラを撲滅できそうだ。しかし、津野氏は「現段階では自ら気づいてもらうという幻想は真っ先に捨てるべき選択肢だ」と言い切る。パワハラで訴えられた管理職に対するオーストラリアの面接調査では、約90%の管理職が「誰に対してもパワハラをしたことがない」、全員(100%)が指摘された行為を「管理職として合理的だった」と回答したという。
マネジメントベース(東京・千代田)が21年に実施したアンケート調査では、日本でも第三者からパワハラを指摘されながら、自覚しない人の割合は半数を超える結果が出た。パワハラへの最も迅速な対応は、社内規定に基づく処分だろう。しかし、いきなりの懲戒などは相手側から不当な扱いだとして訴えられるリスクも大きい。津野氏は「まず文書で注意指導を行うことが効果的だ」と提案する。口頭だとインパクトが弱く注意されたことをすぐ忘れてしまう。文書に「次に◎◎のような言動を行った場合、懲戒処分に進む可能性がある」と記載しておくことが欠かせないポイントだという。より軽いパワハラ行為の場合は「上長または3人以上から口頭で注意するのが良い」と津野氏はアドバイスする。
現在、明らかなパワハラ案件は氷山の一角だ。「加害者ばかりでなく、被害者も自分がパワハラ行為を受けているという自覚を持てないケースが少なくない」と津野氏は指摘する。パワハラ自体のイメージが各自で異なり、「パワハラ被害者=仕事ができない」といったネガティブな印象が影響している可能性がある。津野氏らのチームによる調査では、直接パワハラを受けたかどうかを聞くと「はい」は0.7%にすぎなかったのに対し、パワハラに該当する個別の行為への問いには9.0%が肯定したという。企業が生産性を向上するうえで「隠れパワハラ」への注意は欠かせない。
(松本治人)