永谷園の原点といえる商品が「お茶づけ海苔」だ。今では大抵の人が知っている、70年超のロングセラー。認知度を高めるうえで一役買ったのが、浮世絵・名画カードの封入だ。『東海道五十三次』をこのカードで初めて知った人もいるという。伝説的なキャンペーンはどうやって始まったのか。歴史をひもといてみた。(前回の記事<永谷園「お茶づけ海苔」の秘密 茶ではなく湯をかける>)
「お茶づけ海苔」のパッケージに古今東西の名画をきれいに刷り上げたカードが封入され始めたのは、東京オリンピック翌年の1965年から。キャンペーンは好評を博して97年まで続いた。カード裏面の応募券を集めて送ると、抽選でカードのフルセットが当たる企画も用意され、コレクションに励む人も少なくなかった。
32年間ものキャンペーンはマーケティングの成功例とされる。再開を望む声を受けて、2016年に復活。五十三次のフルセットが当たるキャンペーンは現在も期間が延長されて継続中だ。「以前から再開を望む声があったのに加え、和食のユネスコ無形文化遺産登録や、クールジャパンの盛り上がりがあって、再開を決めた」(商品開発戦略部の小川菜穂課長)。再開にあたって認知度を調べたところ、40代は69.1%がカード封入を知っていると答えた。20代も40.2%と、世代を超えた認知度の高さを示した。
そもそも1965年にキャンペーンを始めたきっかけは「検印紙の裏面活用」(小川氏)だった。当時は茶漬けのパッケージ内に検査確認の意味で、確認印を押した無地の検印紙を封入していた。しかし、押していない片側の面が白いまま余ってしまう。紙が無駄にならないのに加え、パッケージに彩りを加えられるというところから、余った側の面に『東海道五十三次』の浮世絵をプリント。好評だったのを受けて、東西名画選カードにシリーズを広げていった。資源を無駄にしないという意味ではサステナビリティー(持続可能性)を先取りしていたようなところもある。アート作品をキャンペーンに本格活用した点でも先駆け的取り組みと映る。
「お茶づけ海苔」シリーズを商品化した、永谷家第10代の永谷嘉男はもともと文化面に関心が強かったという。「歌舞伎の定式幕をモチーフに使ったパッケージデザインも嘉男の発案」(小川氏)。日本文化を重んじる永谷園は2000年夏場所から続けている、大相撲への懸賞旗の掲飾も有名だ。テレビCMでも力士を起用してきた。歌舞伎座の緞帳(どんちょう)も提供している。
『東海道五十三次』から始まったキャンペーンは同じ浮世絵の東洲斎写楽、葛飾北斎へと続き、さらにルノワールやゴーギャン、印象派、シルクロード、日本の祭など全10種のシリーズへ広がっていった。16年の再スタートにあたっては、過去に応募数が最も多かった『東海道五十三次』を選んだ。応募券を外袋に印刷して、かつてのようにカードの端を切らずに済むように変えたのは、カードを本来のまま手元に残せる点でありがたい気配りだ。
逆に、あえて変更しなかったのは、応募券を集めて、郵便で送るという申し込みの手順だ。今の状況であれば、QRコードやアプリのほうが楽に申し込めそうなものだが、カードと返信用切手を送るという、「かつてのアナログな手触りを残した」(小川氏)。長年のファンがそれぞれに持つ原体験を重んじているところにも、70年を超えるロングセラーの歩みを消費者と分かち合うスタンスがうかがえる。