ヒットの軌跡

『地球の歩き方』が歩む異形の旅路 貫く読者ファースト 地球の歩き方 コンテンツ事業部長 宮田崇氏(上)

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旅人の気質やニーズが変化

1979年に発行した第1弾は『アメリカ編』と『ヨーロッパ編』の2冊だ。当時の学生たちが行きたがった2大目的地が選ばれた。そもそも「卒業旅行という言葉が広まったのは、当時のダイヤモンド・ビッグ社のビジネスから」(宮田氏)という。ジャンボジェット機が日本でも飛び始め、航空券の価格が徐々に下がり始めたことも追い風になった。格安航空券を取り扱うインターナショナルツアーズ(現在のエイチ・アイ・エス、HIS)が創業したのは第1弾発行の翌年にあたる80年。パックツアーではない「自由旅行」の時代が訪れつつあった。

バックパッカーのブームを呼び込んだのは、作家・沢木耕太郎の紀行小説『深夜特急』(86年)だろう。『地球の歩き方』は同書より早い81年に『インド』を出して背中を押した。卒業旅行が当たり前の「通過儀礼」として学生のスケジュールに組み込まれるようになっていったこともあり、バブル期に刊行点数は右肩上がりに増えていった。当初は国・大陸のくくりだったが、主要都市・地域へと細分化が進んだ。

スタート当初から守っているのは、「旅行者に寄り添うスタンス」だと、宮田氏は言う。一般的な旅行ガイドとは異なり、『地球の歩き方』は当初、旅人が読み手に語りかけるような書きぶりが目立った。現在は書き手が前面に出る印象は薄れたものの、トラブル体験記や失敗談などが引き続き盛り込まれていて、ネガティブ情報を遠ざける従来タイプの旅行ガイドとの違いが際立っている。「リアル度が高い」「助けてもらえた」と評価される理由でもある。口コミ旅行記が原点だけに、「実際に役立つというメリット感の高さは譲れない」(宮田氏)。

もっとも、変えてきた部分は少なくない。45年もの歴史を積み重ねるうちに、読者の年齢層は上がった。かつての学生も今ではシニア層になりつつある。バックパックを背負って、屋台飯を食べ、夜行列車に乗るような旅を好む人は減る傾向にある。

「以前に比べれば、ホテルも飲食店も価格帯を引き上げている。現地でおいしい日本食を食べられる店や、『シモンズ』の高級ベッドを備えたホテルも載せるようになった」(宮田氏)。かつては低予算の宿やローカルな食事が目立ったが、今は読者の志向が広がったのを映して、大人トラベラーが望む情報を用意している。

人気のシリーズは以前からフランスやイタリア、ハワイ、ニューヨークなどが上位を占める。アジアではベトナム、シンガポール、タイ、ソウルなどが強い。かつては分厚いヨーロッパ編を携えて、ユーレイルパスを頼りに欧州放浪に出かけるようなケースが珍しくなかったが、近年は「あまり動き回らない傾向が強まった」という。

早い時期の『地球の歩き方』では、旅の経験値が高い読者からの投稿が「独特の雰囲気を醸し出していた」(宮田氏)。タイトルが示す通り、ありきたりの旅行パターンを避けて、自分好みの「歩き方」をデザインする、趣味性の強いカスタマイズが好まれた。『地球の歩き方』のディープな情報はプラン設計の知恵を授ける役割を果たしたといえる。

オリジナルな旅行プランかを競い合うかのような意識も読み手の側に共有されていた。既存のガイドブックでは省かれてきたマニアックな体験記事が本人の言葉で語られ、旅心を躍らせた。「読み手、旅人の気持ちと共に歩んできた」(宮田氏)。スムーズで快適な旅を選ぶのではなく、むしろハードでタフな旅をあえて望むような気質も読み手の側に芽生えていった。

しかし、旅人の気風は『深夜特急』世代とはかなり変わってきつつあるようだ。近年は「旅先での失敗を嫌う傾向が強まった」(宮田氏)。あえてトラブルに挑むような気風はすたれつつある。編集方針でも「ややおせっかいなぐらいに厄介事やストレスを避けるための記述を詰め込むようになった」という。

 

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