将棋界で藤井聡太五冠(19)の快進撃が続く。タイトル戦は2021年7月から負けなしの12連勝中で、今後は前人未到の八冠全制覇を達成できるかどうかが注目されている。その藤井五冠の活躍を支えているのが将棋AI(人工知能)だ。日本社会の中で、実は将棋界は隠れた「AI先進国」。約200人の現役棋士が日常使いの感覚で将棋AIを活用しているという。日本将棋連盟の佐藤康光会長に聞いた。
より質が高く効果的な勉強法が可能に
――藤井五冠の活躍をどうみますか。
「まず本人の資質と努力が大きいです。小学生の時から『詰将棋解答選手権』で優勝した終盤力に加え、将棋の真理を極めたいという真摯な探究心が、より手を深く読む姿勢につながっています。昨年度の竜王戦、王将戦で実力者の豊島将之九段、渡辺明名人がそろってストレート負けしたことは、今後2度と起こらないと思えるほどの衝撃でした」
「一方で藤井五冠のタイトル戦ではAIが無かったならば、まず出現しないであろう指し手が見られます。将棋の終盤は、これまで人間が想像していた以上に難解なこともAIで分かってきました。終盤で混沌となる勝負が多く、藤井五冠はAIから素直に良いものを習得し、混戦を抜け出して勝つケースが目立ちます。将棋AIはディープラーニング系がこの1、2年で進歩し、より質が高く効果的な勉強法が可能になりました」
「ビジネス界のリーダー方と話していてよく驚かれるのは、いまだに『将棋が強くなるマニュアル』が存在しないことです。どの大学に通い、どの講義を受ければ良いなどというノウハウがありません。徳川幕府の将棋所ができてから400年以上たつのに、棋士それぞれが模索する状況は変わりません。将棋AIは新たな指針のひとつとなる可能性があります」
――将棋界は古くからコンピューターソフトに注目していました。昭和の大棋士・升田幸三九段(1918~91年)は約半世紀前に「棋士が(コンピューターソフトに)勝てなくなったら香車をヒトマス下げられるようにルールを変えろ」とジョークを飛ばしていたといいます。
「将棋界は自らを上達させるツールとして、AIを取り入れる道を選びました。私が10代の時は羽生善治九段(19世名人資格者)や森内俊之九段(18世同)、郷田真隆九段ら同世代のライバルと切磋琢磨(せっさたくま)して自らをスキルアップしました。藤井五冠には将来現れるであろう、同世代で肩を並べる存在はまだ見当たりません。ただAIを相手にした研究はひとつのモデルとなるかもしれません」