消費税のインボイス(適格請求書)導入が2023年10月に迫り、多くの企業や個人が対応に追われている。税の公平性を高める制度変更だが、経費処理の仕組みを変える必要があるなどビジネスの現場に与える影響は大きい。これまで免税されてきた事業者は対応しないと減収となる可能性もある。消費税対応に詳しい税理士界の識者と座談会を開き、ビジネスの現場で今起きていることと、インボイス制度の課題について話し合った内容を、2回にわたり報告する。
座談会参加者は徳田孝司 辻・本郷税理士法人理事長、多田雄司税理士、岩下忠吾税理士、藤曲武美税理士(以下敬称略)
――ビジネスの世界は今、インボイス制度導入という課題に直面しています。消費税の納税をこれまでの帳簿方式からインボイス(適格請求書)に切り替える。言葉にすればそれだけのことですが、対応に苦慮する中小企業や個人事業者が非常に多いようです。ロシアによるウクライナ侵攻に伴う世界的な物価上昇で景気の先行きに不透明感が出ていることも、ハードルになっている。今、企業は何に困り、何を必要としているのでしょうか。
インボイス制度の情報窓口がなお未整備
徳田 インボイス制度への対応は喫緊の課題ですが、ビジネスパーソンが必要とする情報の窓口や相談の受け皿が整っていないと感じています。昨年以来、辻・本郷税理士法人ではインボイス制度をテーマにしたセミナーを継続的に実施しているのですが、毎回すぐに500名、1000名といった方々が集まってきます。ビジネスに携わっていれば、どんな人も所得税の申告はする。でも、消費税は違う。これまで申告を免除されてきた個人事業者が500万人いるとも言われている。その方々が対応するとなると、相当のボリュームで相談案件が出てくる可能性がある。ところが、現実には企業や個人の多くは相談先さえわからず、困っているのではないでしょうか。
岩下 ビジネスの現場では思わぬことがいろいろ起きています。例えば、専門的な技術や資格を持つ人たちの間では、会社員としては退職し、その会社の外注先として仕事を続けるようになったケースが結構あるのです。会社は社員当時と同額の報酬を払っても、外注であれば消費税の仕入税額控除ができる。外注先になった元社員は、報酬が1000万円に満たないことが多く消費税の申告を免除されている。ところが、インボイスが導入されると、会社としては仕入税額を控除するためにインボイスの発行を元社員に求めるしかない。元社員にしてみれば申告は面倒だし手取りが減るから、もう一回会社で採用してほしいという話になります。会社は社会保険料の負担が重いので採用はためらわざるを得ない。
消費税の申告経験ない個人事業者への対応が重要
――取引関係がインボイスで一変します。個人事業者には立ち行かないと感じてしまう人もいるということですね。
多田 私の顧問先は免税事業者が多いのですが、基本的にインボイスの発行登録をして課税事業者になるようにアドバイスをしていますし、ほとんどの顧問先はその通りに対応しています。免税事業者のままでいると、これまで実質的に10%上乗せされていた代金の消費税相当部分を、取引先が減額するかもしれないからです。下請法や独占禁止法で優越的な地位を乱用して取引価格を抑え込むことは禁じられていますが、消費税部分は価格の本体ではないため、減額の可能性がある。代金を減らされるぐらいなら、課税事業者になって消費税の申告をして、控除を受けた方がよい。インボイスは事務負担が増すと言われますが、顧問先は私の事務所が対応しますから、登録を拒む理由はないのです。今対応が課題になるのは、税理士と関わりがなく消費税の申告を1回もしたことのないような方々でしょう。
藤曲 そうですね。先日、運送会社の社長と話したときも免税事業者との向き合い方が難題と実感しました。通販やウーバーイーツとかいろいろな配送サービスがありますが、運送会社は受けた注文を個人のトラック運転手らに外注することが多いのです。個人事業者にインボイスへの対応を聞き取り、免税事業者のままでいくと言われたら、仕入税額を控除できなくなるから消費税分安く仕事を受けてほしい。でも、そもそもギリギリまで安くしているので、困ったなあと。