環境意識が高い知人は「トイレットペーパーやティッシュペーパーを買う時には、多少値段が高くともFSC認証のある商品を選んでいる」と話す。FSC認証とは、森林管理協議会(FSC、本部ドイツ)が環境に配慮した森林管理に対して発行する国際認証だ。認証された森林の木から作られた紙製品を買うことが、森林を守り育てる環境活動につながる。
国内の製紙業界首位で世界でもトップ5に入る売上高の王子ホールディングスは、家庭紙ブランド「ネピア」で2011年からFSC認証の紙を採用している。「王子の森」と呼ぶ社有林は国内外合わせて約60万ヘクタール。東京都の約2.5倍以上にあたる森林を保有・管理する王子HDが30年までにFSC認証を含めた森林認証の取得率100%を目指す(現在は96%)ことは、SDGsの「陸の豊かさも守ろう(Life on Land)」に寄与するといえる。
森林活用は紙生産にとどまらない。木材から紙の原料となるパルプを作る技術を応用して、石油由来のプラスチックに代わる新素材「バイオマスプラスチック」の製造に成功し、量産体制の構築を目指している。また、エネルギー源として、木材からバイオエタノールを製造するプロジェクトも進める。国内航空各社が30年には燃料の10%をSAFと呼ばれる持続可能な航空燃料に転換することを表明。食料と競合しない木質由来の燃料への期待は高まる。
さらに、医薬品開発にも精力的だ。木材の主要成分の一つ、ヘミセルロースから抗炎症作用や血液凝固阻止作用などが確認されている。従来は動物由来だった医薬品の、木質由来への置き換えを狙う。
こうした取り組みを王子HDは「森林資源からの新たな価値創造」と位置づける。背景には祖業の印刷用紙の需要がICT化の進展で減少していることがある。22年3月期までの17年間で全売上高に占める印刷用紙の割合は36%から14%に縮小した。
王子HDは、渋沢栄一が150年前に設立した日本最初の近代的な洋紙製造会社「抄紙会社」がルーツだ。西洋の技術を用いて試行錯誤を繰り返しながら生産技術を確立させた「紙」は当時のイノベーションだった。王子HDが今後5年から10年の時間軸で取り組む製品開発は、創業時のDNAを引き継いだ「地球温暖化対策に向けた時代を動かすイノベーション」といえよう。
(編集委員 木村恭子)
王子HD・磯野裕之社長「森を育て、新たな価値創造」
連結子会社の会長として、2017年から4年間、ニュージーランドに赴任しました。釣り糸やレジ袋がウミガメなどの海洋生物に絡まったり、「マイクロプラスチック」を魚が飲み込んだりして生態系に悪影響を与えるとして、海洋プラスチック問題が社会問題化した頃です。
当時のアーダーン首相が「使い捨てのレジ袋を廃止する」と宣言し、その数カ月後にはスーパーからレジ袋が一斉になくなりました。対応の早さや環境問題に対する意識の高さに驚きました。出張で日本に戻った際には、両国の対応の違いを痛感したものです。
脱プラスチックの流れでプラ製ストローから紙製への移行が進んでいますが、実は「パッケージの紙化」も必要です。プラスチックを紙に置き換えることは二酸化炭素(CO2)排出量の削減にもつながることがわかっています。お客様とともに、環境に優しい様々な紙パッケージ製品の開発と事業化を進めています。
脱プラをはじめとした環境問題の動きは、何と言っても欧州が早い。5月にイタリアの企業を買収して欧州の液体紙容器市場に参入し、情報収集のために「王子ヨーロッパ社」も設立しました。
当社の事業の根幹は森林です。森林の多面的機能には、CO2の吸収・固定に加え、生物多様性保全や水源涵養(かんよう)、土壌保全なども含まれます。いかに再生可能な森林資源を育て、多くの分野で活用できる新素材・新製品を開発し、持続可能な社会の構築に貢献していくのか。その決意が問われていると考えています。「森を育て、森を活かす。」森林資源に根づいた事業展開を図り、希望あふれる地球の未来の実現に向けた挑戦を続けていきます。