日本経済新聞社は企業や学識経験者、行政の知見を結集し、生成AI(人工知能)の潜在力と課題を議論する「生成AIコンソーシアム」を創設し、2023年6月13日に第1回シンポジウム「ビジネス変革の可能性とルール」を東京都内で開催した。生成AIの登場は多くの産業にとって大きなチャンスであることは疑いないが、シンポジウムではチャンスをどう生かすべきかという点が様々な角度から語られた。
生成AIの現在のトレンドに対し、日本は政治の面でも産業の面でも、他国からさほど遅れず、フロントランナーであり続けている。東京大学の松尾豊教授は講演で「日本がこの段階でフロントランナーにいるのは、極めて珍しいこと」と語った。若干皮肉の強いコメントではあるが、他のIT(情報通信)分野では他国の後塵(こうじん)を拝することが多いのも事実だ。
他国よりも早く、自由度の高い法制度を準備
国内では「AIの学習に関する著作権上の扱い」について、他国よりも早く、自由度の高い法制度を準備する動きがあった。そのことは、現在の状況に大きく影響している。自民党でもAIに関する独自の運用ルールを含む政策提言が行われ、他国の動きや技術的な結論を待たずに、世の中の傾向を見ながら素早い議論を進めていく傾向にある。議論に参加する世代が比較的若く、様々な事象を理解した上で、積極的にリーダーシップをとって進められるという事情が背景にあるようだ。
一方、著作権上の扱いを含めた利用ルールについては、国による判断・見解の違いが存在する。各国の事情を加味し、それぞれの判断に応じたルールが出来るとの見方もあり、日本も他国と同様、そうした考え方をしているのは否定できない。
しかし、各国で考えが異なることは、国際的なビジネスを阻害する結果につながる可能性が高い。「ルールが存在すると自由なビジネス展開が阻害される」という論もあるが、渥美堺法律事務所所属の弁護士である三部裕幸氏は「ルールがあってこそ、その中でビジネスやM&A(合併・買収)が加速する」と主張する。国際的なルールについて、早期に一定の方向性を示す必要があるとの見解だ。
サービスとしての生成AIは、グーグルなど米国のいわゆる「ビッグテック」やオープンAIがリードしている。生成AIサービスの代名詞となった「Chat(チャット)GPT」はオープンAIのサービスで、国内で生成AIを導入した企業の多くが、オープンAIから技術提供を受けるマイクロソフトとの協業の形で導入している。
米国のサービスを使うことは、検索エンジンやスマートフォン向けエコシステムでの「米国支配」を再現することにつながる可能性がある。各国の事情・文化に合わせた生成AIの利用を阻害するおそれもある。日本も生成AIの核となる独自の「大規模言語モデル」を開発した上で生成AIを作るべきではないかという議論も存在する。
この点については、国際ルールと同様、生成AIシンポジウムでの議論においても、論者の立場によって見解が異なった。作るべきだとの意見もあるが、主にコストなどの面で米国・中国と単純な競争をするのが難しい以上、「応用技術で先を行く」「特定用途向けの小規模モデル構築技術を磨く」など、他国とは異なる路線を模索することが必要との意見もあった。
多くの登壇者が「まず使ってみるべきだ」
国際ルールの動向は見えてこないが、サービスとしての生成AIは日々進化しており、生活に浸透し始めている。ビジネスや生活の現場でどう生成AIを扱うべきかについて、登壇者の多くに共通していたのは「とにかくためらわずに使ってみるべきだ」との見解だ。
現在、生成AIは技術も法的な議論も急速な変化の途上にある。だからといってその結果を待つのではなく、個々人や企業が日常的に使ってみることで、生成AIが持つ特性や利便性、現状での課題をいち早く体感することが出来る。知識としてだけでなく、実際に体験して自ら考えることが大切ではないかということだ。
生成AI、中でもチャットGPTなどを業務に使いはじめている先進企業や自治体には、すでに色々な知見が蓄積されつつある。生成AIは正しくない見解や間違った情報を出すことも多く、そのことが問題視もされている。しかし、そうした問題以上に、人間を助けて働くことから生まれる「成果」も多い。生成AIを実践的に使うことで業務効率の改善が期待できることは間違いない。すでに得られた知見なども参考に、用途を選びつつ生成AIを使っていく必要がある。
いかにスピード感を維持して進むか
生成AIの利用については「AIが人間の雇用を奪う」という懸念が語られることも多い。しかし、現状の実践例ではその見解が正しいとも言えない。むしろ、日本が今後直面する人材不足に対し、重要な解決策の1つとなる可能性が高い。文章で命令を与える特性から、部下への命令・指導などの経験が豊富なシニア層が持つ知見を活かし、人間がAIと共に働く可能性も考えられる。
現在の生成AIを巡る議論は初期の段階で、論点は多岐にわたる。しかし、冒頭で指摘したように、日本が「先端についていけている」機会を無駄にすることできない。いかにスピード感を維持して進むか。これもまた、登壇者の多くに共通の見解である。
(ライター 西田宗千佳)