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多様性重視の台湾で人気の日本人 志村けんと並ぶ元首相 「台湾のアイデンティティ」 家永真幸・東京女子大教授に聞く

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2024年1月13日の台湾総統選は与党・民主進歩党(民進党)候補の頼清徳・副総統が激戦を制し、5月に直接選挙制で選ばれた史上5人目の総統に就任する。ただ立法院(国会に相当)改選で民進党は過半数割れ。頼政権は少数与党でのスタートだ。東アジア国際関係史の家永真幸・東京女子大教授は「これからの日台関係は『台湾の個性』を理解していく姿勢が重要だ」と指摘する。「台湾のアイデンティティ」(文春新書)の著者・家永教授に聞いた。

台湾選挙、若い有権者の動向も影響

――日本にとって台湾は海外旅行、タピオカから半導体産業、新型コロナウイルス対策まで、さまざまな点で親しみを覚える身近な存在です。台湾側で「最も好きな国」を聞いたアンケートでは日本が約60%でトップ。日本側でも8割以上が台湾に好感を抱いているという調査結果もあります。

「高校生の海外修学旅行先は台湾がトップで、若い世代の人と人との血の通った交流も拡大しています。総統選挙はこれまで民進・国民両党が2期ごとに政権交代していたのが、今回初めて連続3期目の民進党政権となりました。立法院では第2野党の台湾民衆党が若い有権者の支持を受け躍進し、新たな政治状況の萌芽(ほうが)も感じられます」

「日本と台湾の関係は大国・中国との関連抜きでは計れません。しかし、台湾の姿勢は単純な『反中』一辺倒ではなく歴史的な経緯があります。さらに中国の膨張を抑えるための仲間としてだけ台湾を評価するのはもったいないとも考えます」

――近著では台湾のアイデンティティーをどうとらえるかが大きなポイントであると分析しています。

「人口約2300万人の台湾は多様な言語と複雑なエスニックグループの人々で構成されています。全体の約2%を占める原住民は政府が認定しただけでも16族に分かれます」

「中国大陸にルーツを持つ漢人も福建系のホーロー(福佬)人、客家人らに分かれます。これらの漢人は16世紀以降に台湾がオランダなどヨーロッパ世界に接触したのに伴い移入し、次第に人口比で原住民を圧倒するようになりました」

「近代では日本の統治も経験しました。1949年前後には内戦で敗れた中華民国政府とともに中国大陸から大量の移民があり、台湾省の外にルーツを持つ『外省人』を形成します。最近は東南アジアからの結婚移民など新たな住民も増加しています。台湾社会は長い歴史の中で繰り返す移民の波によって形づくられてきたのです」

社会調和を促す多様な文化共存の肯定

――台湾は国民党の一党独裁時代に38年間(1949〜87年)という長期の戒厳令が敷かれ、現在も総統選挙や政治闘争では苛烈なまでに激しく争うイメージがあります。

「今日の台湾は社会の調和を促進するため、多くの人々を包摂する多様な文化の共存を肯定し、少数者の権利を尊重する考えが定着しています。『多様性の尊重』が台湾社会の大きな個性のひとつと言えます」

「2019年に施行された『国家言語発展法』は国家の多元文化の精神を尊重するとうたい、国家言語は台湾における各固有のエスニックグループが使用する自然言語及び台湾手話と規定しています。他方それぞれの言語の名称はあえて明記していません」

――台湾はジェンダー分野の優等生です。立法院の約4割を女性委員が占め、アジアでいち早く同性結婚を合法化しました。

「少数者の権利尊重の背景には、国際社会において不安定な地位に置かれている現状もあります。台湾は1971年に国連議席を喪失し、現在も国交を結んでいるのは12カ国に過ぎません。少数者の尊重は自らの存在をいかに肯定するかという課題に通じているのです。さらに今なお、未来に向けて台湾人としての新たなアイデンティティーを模索する途上にもあるという点が重要です」

志村けん急逝に蔡英文総統がSNSで追悼

――日本との正式な外交関係も約半世紀前に終了したままです。台湾の日本人を見る目は、自らのアイデンティティー模索の歴史とも重なりますね。1980年代末から人気を集めたのがコメディアンの志村けん(1950〜2020)氏で、新型コロナで急逝した時は蔡英文(ツァイ・インウェン)総統がSNS(交流サイト)に日本語で追悼しました。

「かつてのテレビCMでは志村さんと俳優の金城武(1973〜)さんが台湾ロケで共演し、『次はあなたが台湾通』で締めくくります。現在の台湾の中高年層は、少年期に経済は高度成長、政治は戒厳令下という時代を経験しました。1990年代に入ってようやく政治的な自由化を遂げた台湾の人々は、志村さんのコメディーに熱中したと聞きます」

――志村氏と共演した金城武氏は日本人と台湾人の両親を持ち、祖父は沖縄県出身。本人は台湾で生まれ育ち日・英・北京・広東・台湾語に堪能という多様性の象徴のような俳優ですね。現在では安倍晋三元首相(1954〜2022)が台湾における政治信条や世代の違いを超えて高く評価されていると近著で指摘しています。

「安倍元首相は集団自衛権を容認する安保法制で強行採決に踏み切り、政治資金規正法違反で公設秘書が略式起訴されるなど台湾の有権者、とりわけリベラル層にとっては嫌悪すべきタイプの政治家に映ります。しかし、安倍氏に対しては党派を超えた幅広い台湾人の人気が今もあるのです」

「安倍氏が銃撃された直後、蔡総統はSNSで追悼し、政府機関、公立学校に半旗を掲げるよう指示しました。国交のない日本の元首相を特別扱いすることには本来、法的に議論の余地があったとの指摘もみられます。にもかかわらず蔡総統がこの措置を取ったのは、民意に沿っているとの判断があったからでしょう」

国際社会の構成員として扱った安倍元首相

――安倍氏の「台湾有事は日本有事」という発言が共感を呼んでいるのでしょうか。

「そういう面もあるかもしれませんが、実態はもう少し複雑です。安倍氏は政権末期に習近平(シー・ジンピン)国家主席の国賓訪日も計画するなど、中国との関係改善を進めながら、台湾の国際的地位を尊重しようとした点に特徴があります」

「安倍政権時に、対台湾窓口機関の『交流協会』を『日本台湾交流協会』に改称しました。それまで何の組織かすぐには分からなかった名称を改めたこの措置は、一見地味ながら台湾人の共感を呼びました。安倍氏は世界的に新型コロナが拡大した時期に、台湾の世界保健機関(WHO)オブザーバー参加が認められないことを『非常に残念』と国会で表明しています」

「中国が台湾パイナップルを輸入禁止すると、SNSに満面の笑みを浮かべながらパイナップルを手にする写真を投稿。多くの現地メディアに注目されました。台湾のTPP(環太平洋経済連携協定)参加支持も、リモート参加した台北市のフォーラムで表明しました」

「安倍氏は中国の反発が予想されるにもかかわらず、台湾をひとつの主体性を持つ国際社会の構成員として扱い、自ら世界に向け情報発信していった点が、台湾人の強い親しみを受け続ける理由と考えます。アイデンティティーの確立途上にある台湾が渇望しているにもかかわらず、現在の国際環境で容易に得られないものだからです。新総統を迎える台湾の人々に愛される日本人は、やはり台湾のアイデンティティーを理解し尊重する人物でしょう」

(聞き手は松本治人)

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