SDGs(持続可能な開発目標)にデジタルトランスフォーメーション(DX)……。ビジネスの現場には次々課題が降ってくる。あなたの職場は持続可能ですか。今回は後継者がみつからず、他社によるM&A(合併・買収)を通じて事業承継を目指すファミリー企業の経営者に、辻・本郷税理士法人の楮原達也氏が留意点を助言します。
昨今、事業承継の選択肢の一つとしてM&Aを実行するケースが多く見受けられます。長年培った会社のブランドやノウハウ、雇用などを維持・発展するための選択肢としてたいへん有効な手段であるといえます。M&Aによる事業承継で株式を譲渡するにあたって「誰が株式を持っているか?」はたいへん重要なポイントになります。
そのままM&Aに応じると社員流出も
相談のケースでは、そのままM&Aに応じると譲渡代金の30%は従業員持株会に入り、持株会組合員の持ち分の比率でその代金を分配することになります。非上場のオーナー会社における従業員持株会は、いわゆる昔の株式の「額面金額」程度で加入していることが多く、その場合は多額のキャピタルゲインが従業員にもたらされます。
年収や将来の退職金を大きく超える代金が入ることになり、これを機に優秀な幹部社員が辞めてM&A自体が失敗してしまう恐れがあります。また、従業員持株会の持ち株は、先代社長または現社長から実際の評価額より低額で譲渡してもらったものでしょうから、高額な対価が持株会に帰属してもよいのかという疑問が残ります。
M&Aに応じる前に従業員持株会を解散しその持ち株を自己株式として会社で取得する方法もあります。その際の買い取り価額は、持株会が株式を取得した時の値段もしくはそれに一定額を上乗せするイメージになります。そうすれば、前述したような弊害を回避できます。
ただ、持株会の組合員である従業員がM&Aの予定を知っている場合、または持株会の解散からM&Aまでの期間が短ければ短いほど、自分たちの持ち株が不当に低い金額で回収されてしまったと従業員に思わせてしまうリスクがあります。それによって、従業員のモチベーションの低下につながることが懸念されます。
こうしたリスクを回避するために、事前に行う持株会からの株式の買い取り価額の設定などについては十分に配慮する必要があります。最後は経営者と従業員との日頃の信頼関係が試されるでしょう。
M&A成立後のプロセスにも目配り
M&Aが成立して株式譲渡が完了しても、事業の承継が本当に成功するかどうかは、その後の経営統合のプロセスにかかっています。これをPMI(Post Merger Integration)と呼びます。PMIには経営体制の構築、事業計画の策定、協業や業務体制の統合、システム統合などの様々なプロセスがあります。先代社長が立ち上げ、社長自身が成長させた事業がB社のもとでしっかり継続されるか気になるでしょうし、長年貢献してくれた従業員のモチベーションや待遇のことも気になるでしょう。
そこで、例えば、株式売却後も「雇われ社長」として残る方法があります。従業員の雇用や賃金の条件についてB社とあらかじめ取り決めておくことも重要です。これらはあらかじめM&Aの契約に織り込むべきことです。M&A後のリスクを極小化するためのにも、事業を他の会社に譲渡する経営者が最後に果たすべき重要な責務です。
高額な相続税のおそれ 早めの株式贈与で対応
M&Aによって事業を承継する場合、気を付けてなくてはならないのが相続税です。株式の大部分は社長が保有しているため、その譲渡代金から株式譲渡の税金を控除した金額は社長の財産となります。仮にそのままの状態で、将来、社長の相続を迎えると、それは長男への相続財産となって高額な相続税が課税されることになります。
一方、例えば過去から長男に株式を生前贈与しておけば、その分の譲渡代金は長男のものとなり、社長の相続財産からは切り離されます。近い将来M&Aが想定されるのなら、出来るだけ早いうちに株式を長男に贈与するなどして、財産の移転対策を行っておくことも重要な要素であると考えられます。
このように事業承継に悩む経営者が他社へのM&Aを検討し始めると様々な課題が浮上します。将来の事業承継の方法を模索する中でM&Aが選択肢に入る場合には、早い段階からM&Aの障害になる課題を解決しておくことが重要です。さらには、M&A後の統合まで責任を持って対応する覚悟も必要でしょう。
従業員持株会への対応のみならず、事業承継が本当の意味で成功するよう最善の方法を選択してください。