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永谷園「お茶づけ海苔」の秘密 茶ではなく湯をかける 永谷園 マーケティング本部 商品開発戦略部 課長 小川菜穂氏(上)

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創立70周年を迎えた永谷園の代名詞的な商品が「お茶づけ海苔」だ。歌舞伎の定式幕を模したパッケージでおなじみだが、実はあまり知られていない工夫やこだわりがいっぱい。たとえば、袋に書かれたおすすめは、緑茶ではなく、湯をかける食べ方。なぜなのか。ロングセラーを支える、様々な秘密に迫った。

「お茶づけ海苔」の小袋裏面に記載してある作り方は「お湯(150ml)を注いでできあがり」。緑茶を使わなくても、熱湯だけで緑茶の風味で食べられる。理由は裏面に目をこらせばわかる。原材料の「調味顆粒(かりゅう)」として食塩や昆布粉と並んで、「抹茶」と明記されている。ちなみに分量は「茶わんに軽く一杯のご飯(100g)を盛り、お茶づけの素をかける」とある。ご飯を盛りすぎず、100グラムと1袋のバランスを守るほうが本来の味わいを感じやすくなる。

小袋からサラサラと出てくる緑色の粒には抹茶が練り込まれているから、ただの湯で十分に茶の風味が味わえる。抹茶由来の色も出るから、本来、緑茶を注ぐ必要はないのだ。「当初の開発ではきれいなグリーンを再現するのに苦労したと聞く」(商品開発戦略部の小川菜穂課長)。しかし、これは好みの問題。実際、過去に同社が実施したアンケート調査の結果によれば、関西では緑茶を注ぐ人のほうが根強かった。好みの具材を載せてアレンジしやすいのもプレーンなタイプのいいところだ。

抹茶を練り込んだのには、同社の歴史につながる深い理由がある。「あさげ」や「すし太郎」「麻婆春雨」など、様々な食品を扱っているので、食品メーカーのイメージが強いが、永谷園の原点は茶。そもそも江戸時代中期に煎(せん)茶の製法を編み出したのは、京都・宇治で製茶業を営んでいた永谷宗七郎。江戸に煎茶を広めたのも宗七郎で、今に至る同社の祖となった。このように、永谷園と緑茶は縁が深い。

「お茶づけ海苔」シリーズの第1号商品にあたる「江戸風味 お茶づけ海苔」を考案したのは、永谷家第10代の永谷嘉男だ。嘉男は日本料理店で食事の最後に出される茶漬けに目をつけ、「家でも簡単に食べられたらと考え、商品化に取り組んだ」(小川氏)。もともと緑茶が家業だったことも大きかったようだ。いろいろな具材や調味料を組み合わせて、戦後まだ間もない1952年に売り出した。偶然にも小津安二郎監督の映画『お茶漬けの味』が公開された年だ。

実はこの第1号商品は株式会社の誕生よりも早い。「江戸風味 お茶づけ海苔」が売れたのをうけて、翌53年に「株式会社永谷園本舗」が設立されている。しかし、あまりに人気を集めたあおりで、類似商品が相次いで登場し、本家の売れ行きが鈍ったという。「江戸風味 お茶づけ海苔」というシンプルなネーミングがまねされやすい一因だった。同社は類似品対策を練って、「永谷園のお茶づけ海苔」という名前に変更。商標登録も済ませて、ブランドを確立していった。

 

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