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モスバーガーが値下げしなかった理由 創業者の志 日本フードサービス協会顧問 加藤一隆氏(上)

競争戦略 飲食 リーダー論

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長く続く外食チェーン店にはそれぞれに強みや持ち味がある。その多くは創業者がもたらしたものだ。外食業界の生き字引といわれる加藤一隆氏は著書『「おいしい」を経済に変えた男たち』(TAC出版)で、「吉野家」「ロイヤルホスト」「モスバーガー」など6ブランドの創業者に迫った。新型コロナウイルス禍のダメージが深い外食業界だが、「偉大な創業者たちの原点に立ち返る試みはビジネスを再生するうえで意味が大きい」とみる。

「うまい、安い、早い」。現在の「吉野家」が掲げている、牛丼のキャッチコピーだ。しかし、この3語の並び順は急成長した1970年代とは異なる。最も早い時期の並び順は「早い、うまい、安い」の順だった。加藤氏は「当初の並び順は創業者の目指した優先順位を示す」と振り返る。

外食フランチャイズチェーン「吉野家」の実質的な創業者は松田瑞穂氏だ。父の後を継いだ松田氏が58年に株式会社化。牛丼店「吉野家」の築地1号店(東京・中央)を築地市場に開業した。当時は「回転率を重視した。だから、『早い』が先頭に置かれた」(加藤氏)。しかし、最優先だったはずの「早い」はその後、順位を落としていく。

松田氏が社長を務めた70年代は「早い、うまい、安い」だったが、吉野家は80年に経営破綻。その後、松田氏は社を去った。吉野家はセゾングループの支援を受けたが、BSE(牛海綿状脳症)発生に伴い、米国産牛肉が輸入禁止に。この90年代にキャッチコピーは「うまい、早い、安い」へ変わり、2000年代に入って現在と同じ「うまい、安い、早い」となった。「早い」は最後へ追いやられた格好だ。

3語の並び順が変わったのは、その時点で重視されたイメージが異なるからだろう。「その時点での経営陣の経営方針を示している」と、加藤氏はみる。効率的な経営を進めるうえでは、松田氏の優先した「早い」が重要になる。しかし、競争相手が増えて、味で比較されるような状況を迎えると、「うまい」を押し出さざるを得なくなる。価格に敏感な消費者が増えたのに伴い、「安い」の訴求も収益を左右するようになった。

牛丼だけに特化したビジネスモデルを、加藤氏は「画期的だった」と評価する。今ではカレーやラーメンなどのメニューに絞り込んだ特化型の外食チェーン店は当たり前の業態だが、「吉野家」はその先駆けといえる。ワンメニューに絞り込むことによって、消費者にはっきり訴求するビジネスモデルは食欲をそそる効果があるうえ、食材調達面でもメリットがあった。

セントラルキッチンシステムを導入した点でも「先見の明があった」と、加藤氏は評価する。多店舗展開が可能になったのも、セントラルキッチン方式だからこそだ。無駄を省き、効率を高めることに情熱を注いだ松田氏のポリシーは具材を牛肉とタマネギだけにとどめたところにも表れている。もともとは牛鍋やすき焼きに由来するので、古くはほかの具材もあったようだが、スピードとオペレーションを優先した結果、省かれるようになったという。

当初から「うまい」を2番目に置いたことからも、松田氏が味をおろそかにしていなかったことは明らかだ。しかし、「早い」が最優先という序列はぶれなかった。だから、「早い」の足を引っ張るような形で「うまい」を求めることは避けていたようだ。ビジネス上の優先順位を、自分なりに確立していた点で、加藤氏は松田氏を高く評価する。

 

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