ファッション産業の環境負荷の大きさが世界中で懸念されている。生産から廃棄に至る長い過程において、水質汚染や二酸化炭素(CO2)排出などの問題を引き起こすからだ。中でも靴はリサイクル率が低く、大手メーカー各社は持続可能な生産手段への切り替えやリサイクルの取り組みを進めている。こうした中、使用済みのシューズを100%リサイクルする画期的な試みを始めたスイスのスポーツブランド「On(オン)」を取材した。
対応急ぐ世界の大手メーカー
2020年4月の経済産業省製造産業局「履物産業を巡る最近の動向」に掲載された「World Footwear Yearbook 2019」によると、世界中で1年間で消費される靴は226億足で、このうち日本では7億2400万足。衣服のリサイクル・リユース率が約34%(環境省「ファッションと環境」より)だが、靴というアイテムの性格上、それよりずっと低いことは予想できる。
こうした現状をシューズ業界は重く見ており、大手メーカー各社は対応を急いでいる。例えば、アディダスは19年、単一素材を使用して100%リサイクル可能なランニングシューズ「FUTURECRAFT.LOOP」を発売した。24年までに製品に使用する素材をすべてリサイクルポリエステルに替えていくという。アシックスは30年度までにシューズ、スポーツウエアの使用素材の100%を再生ポリエステルに切り替えることを目指しており、現在、ランニングシューズの90%がリサイクル素材へと切り替わった。
サブスクでインド産素材のリサイクルシューズ
こうした中、スイスのOnはサブスクリプション(定額課金)の仕組みを、19年に発表したリサイクルシステム「Cyclon(サイクロン)」に初めて取り入れた。この仕組みで最初に商品化したのが「クラウドネオ」というランニングシューズだ。インドで栽培する「トウゴマ」という植物の実を利用した素材だけを用いており、使用済みのシューズは分解・粉砕し、溶かすことで100%リサイクルできる。
100%リサイクルのポイントは、靴と同じ素材を用いて接合した点だ。アッパー(靴上部)、ソール(靴底)、靴ひもを白一色にしてリサイクルしやすくした。大量に水を使用する染色の工程を省き、環境負荷を低減する狙いもある。
消費者はオンラインショップからサブスクサービスに登録して「クラウドネオ」を購入できる。約6カ月後に使用済みのシューズをOnに返送すると新しいシューズが届く仕組みだ。1カ月の料金は3380円で、配送料や返送料は無料。1足あたり2万円程度の計算になる。日本国内での売れ筋は1万5000円〜1万8000円という。
10年に創業したOnは、スイスでは50人に1人が履いているトップメーカーだ。60カ国に進出し、1 日に約1700万個(年間62億500万個)の商品を販売している(公式サイトより)。12年に米国進出。15年に日本法人を設立し、22年に東京・原宿に旗艦店を開いた。中国やオーストラリア、ドイツ、ブラジルなどにも拠点がある。
Onのシューズの特徴は、「クラウドテック」「スピードボード」といった同社独自の技術だ。クラウドテックは着地した時の衝撃を吸収し足への負担を減らす靴底の形状だ。スピードボードはアッパーとソールの間に足型のプレートを入れることで、蹴り出す推進力へと変換する技術だ。
欧米だけでなく、日本のランナーにもOnのシューズの軽量で高いクッション性は好まれている。日本では「クラウド」というシューズで認知を高めた。一般的にスポーツシューズは黒を選んでも靴底は白であることが多い。そのためカジュアルな印象になり、仕事などには使いにくい。クラウドは靴底(クラウド形状部分)まで黒一色だ。オフィスカジュアルのスタイルに合わせても違和感がないことから、黒色がよく売れたという。
「クラウド」をはじめ、100%リサイクルできる「クラウドネオ」など、Onのすべてのシューズにクラウドテックが採用されている。
スポーツに利用されるクラウドネオはパフォーマンス性も考慮されている。同社によると、トライアスロンのアイアンマン種目における世界チャンピオンが練習で使用しており、24年パリ五輪で同社が抱えるアスリートのメダル獲得を目標としている。
認知度低く浸透に時間
「サイクロン」の日本国内のユーザーの利用動機として、シューズを100%リサイクルする理念に賛同していること、またリサイクルでも質が劣らないことなどがあるそうだ。また「自分の履いた靴がゴミにならず、罪悪感なく新品の靴を履ける」という気持ちからの動機も大きいようだ。
利用はまだ多くない。理由は認知度の低さだ。サイクロンの取り組みは19年に始まったが、その時点でサブスク登録した日本のユーザーに商品が届いたのは22年9月。持続可能な取り組みとするためのユーザー数を集めるのに時間がかかった。サイクロンは回収した使用済みシューズをベトナムの工場でリサイクルする。回収過程で環境負荷を増やさないためには、最低でも3000人のユーザーを集める必要があった。
19年に登録した第1世代であっても、まだ1足目を返却して2サイクル目に入ったタイミングということだ。Onはサイクロンだけを積極的に宣伝しているわけではない。日本法人としてはまずブランド認知度を高めることに主眼を置いており、売れ筋である「クラウド5」「クラウドモンスター」などの販売に注力している。
2万円前後という販売価格もハードルとなっている。SDGs(持続可能な開発目標)への意識が高いのは若者層だが、ファッションにも関心が高く、高いシューズを1足買うより安いアイテムでいろいろ楽しみたい気持ちが強い。そうした若者にとって、2万円で同じ種類を履き続けるサイクロンは、SDGsの観点から関心を持ったとしても、購入にまでは至らないのだろう。実際に日本における同社の主要購入層は30代から40代だ。ランニングを趣味としている人の平均年齢が高いことも理由の1つだという。
サイクロンは商品としても、リサイクルシステムとしてもまだ始まったばかりで、採算ベースに乗っていないのが現状のようだ。今のところ、欧米の利用者が多いが、日本でも、欧米に続く形でじわじわと広がっていくことは期待できるかもしれない。
Onはサイクロンに限らず、持続可能社会に向けた取り組みには今後も力を入れていくという。例えば、創業者の1人であるキャスパー・コペッティ氏には、将来はほぼすべてのシューズをサイクロンで利用できるようにする構想もあるという。
サイクロンはユーザーのライフスタイルを変えていく取り組みで、浸透するまでに時間がかかるため、製造過程での環境負荷低減に力を入れている。例えば、シューズの穴の空いたクラウドテックソール部分に炭素廃棄物を使ったり、織り上げる前の糸の段階で着色することで、染色に使う水の量を減らすなど、複数の取り組みも並行して行っている。
日本での事業拡大に向け、まずブランドの認知度を高めることが先決のようだ。環境への取り組みは消費者が「この商品を使うことで得する」と感じる場合に広まりやすい。本気で取り組んでいくとすれば、プロモーションの工夫が鍵となるだろう。
(ライター 圓岡志麻)