大阪大学基礎工学研究科 教授/ATR石黒浩研究所 客員所長
石黒 浩氏
メタバースで活動する際に欠かせないのが自分自身の分身「アバター」である。コロナ禍によるリモートワークの定着、生成系AI(人工知能)が可能にした対話機能は、アバターをさらに身近なものにした。ただ現状、メタバースという仮想世界だけで生活に必要なやり取りを済ませることは困難だ。
そこで、実世界においても、CG(コンピューターグラフィックス)のキャラクターや遠隔操作型ロボットをアバターとして使って活動することを試みている。こうした世界を「仮想化実世界」と呼んでいる。
仮想化実世界では、メタバースと同様にアバターを使って、匿名で本体とは異なる姿で働けるようになる。いつでもどこでも仕事や学習ができ、通勤通学は最小限にして自由な時間が十分とれるようになる。実世界のメリットと仮想世界のメリットの両方を享受できるわけだ。特に遠隔操作型ロボットを使えば、高齢者や障害者を含む誰もが身体的・認知・知覚能力を拡張しながら、常人を超えた能力で様々な活動に自在に参加できるようになる。そうした世界を実現するため、様々な実証実験、実装に取り組んできた。
自宅から遠隔操作で対話サービス
例えば、スーパーマーケットでのアバターの利用。コロナ禍では、呼び込みなどの対話サービスができなかったが、店舗にアバターを置くことで、パートが自宅から遠隔操作して対応することが可能になった。また、あるアミューズメントパークでは、園内に6体のアバターを置き、来園者がそれに話しかけるとスタッフが事務所で対応する仕組みを作った。アバターは常時稼働しているわけではないので、6体のアバターに対して操作するスタッフは数人で済む。アバターの利用で、少人数で広いエリアで対話サービスを展開することが可能になった。
コンビニエンスストアの自動化レジの横にCGアバターを置き、問い合わせに対応するようにした事例もある。この取り組みでは、アバターの操作をするアルバイトを募集したところ、数人の枠に対して400人近い応募があり、その中には障害者や遠隔地在住者も含まれていた。その際に寄せられた「アバターであれば働ける」「未来を体験したい」といった声から、アバターがさまざまな問題を解決して、自由に働く環境を提供するものであることが示された。
顧客は、初対面の人間よりもアバターのほうが比較的心を開いて話せることもわかってきた。ネット上で生命保険を販売するあるサービスでは、アバターを導入し、保険の説明をアバターのコンサルタントが行うか、人のコンサルタントが行うか、選ぶことができるようにした。コンサルティング後の本格的な商談に入るコンバージョンを比較したところ、アバターのほうが人の倍以上多いという結果となった。アバターは、対話で成り立っているビジネスのほとんどで有効利用できると考えられる。
日本がリード可能な仮想化現実界
では、実世界でも活躍が期待されるアバターをどう普及させていくか。まずは導入や操作が比較的簡単なCGのアバターを使って、多くの人がアバターで働ける状況をつくり出すことが重要だ。そのうえで、必要に応じて遠隔操作型のロボットを導入していくとよいだろう。アニメ調のCGアバターならノートパソコン1台あれば、リアルタイムに制御しながら動かすことができ、場所を取ることもない。タブレットが置ければどこでもCGのアバターでサービスを展開できる。
仮想化実世界を実現していくには、ロボットの技術、それからCGアバターの技術が必要になる。また、実世界でアバターを受け入れるには、文化的背景も非常に重要だ。幸い日本はどちらも充実している。インターネットの技術では、米国に後れを取っているが、アバターを使った仮想化実世界の分野では、日本が世界をリードすることができるはずだ。
アバターによって人間を肉体の制約から解き放って、ダイバーシティー(多様性)とインクルージョン(包摂)のある世界を実現する。誰もが互いに認め合い、つながり、ともに生きる。そうした未来社会の一端を、大阪・関西万博でも披露する予定だ。