今年のカンヌライオンズ全30部門でグランプリ、金、銀、銅の受賞者数は延べ874チームで、応募総数の約3.2%だった。「狭き門」を突破しライオン像を手にした各チームの販売促進キャンペーンやブランド告知戦略、社会課題解決へのアプローチなどは、クリエーターたちの知恵の結晶ともいえる。先端技術の利用法、規模拡大の手法、社会への訴求策などで秀逸だった受賞案件のいくつかを紹介する。
ANNE DE GAULLE(アンヌ・ド・ゴール財団)
非営利目的の特筆すべき活動に対して授与される「グランプリ・フォー・グッド」に輝いたのは仏アンヌ・ド・ゴール財団。第2次世界大戦後の第5共和制下で仏大統領となったシャルル・ド・ゴールの二女で、ダウン症だったアンヌ・ド・ゴールの名を冠した財団だ。同財団は障害を持った人々への支援活動を続けているが、昨年12月に実施した空港リネーム活動が今回の受賞対象となった。
昨年12月3日の国際障害者デーから1週間、パリの「シャルル・ド・ゴール空港」を「アンヌ・ド・ゴール空港」と改名、パリ到着便の機内放送では「アンヌ・ド・ゴール空港へようこそ」という客室乗務員の声が流れ、空港内の電光掲示板、搭乗券などにも「アンヌ・ド・ゴール空港」という名称が表示された。同部門審査員長を務めたアクセンチュア ソングのデビッド・ドロガ氏は「シンプルだが卓越したアイデアの力を見せつけた取り組みだ」と称賛した。
knock knock(韓国警察庁)
社会変革を起こす取り組みを対象にした「グラス」部門のグランプリを受賞したのは、韓国警察庁の「knock knock(ノック・ノック)」。韓国では過去8年でドメスティックバイオレンス(DV)が8倍超に増えたが、通報されるのは全体の2%に過ぎなかった。加害者と同じ空間にいる状況では、被害者が安全に通報できないからだ。
「knock knock」では被害者が緊急通報番号112をダイヤルした後に、任意の数字に2回触れれば警察からリンクが送信される。接続すると携帯電話のカメラが起動し警察が状況を視認でき位置情報も把握できる。加害者に気づかれずにチャットも可能。現場への駆け付けも可能になる。リンクが送信されたケースは既に5700件以上に達する。
グラス部門審査員長を務めたコンサル会社ダーク・スワンのティー・オグロウ氏は「このキャンペーンは通常と異なり、一過性ではない永続的なインパクトを持つものだ」と受賞理由を語った。
CORONA EXTRA LIME(コロナ)
ビール製造世界最大手のアンハイザー・ブッシュ・インベブ(ベルギー)のビール「コロナ」が中国で展開したプロジェクトは、革新的な事例を表彰するチタニウム部門で入賞し、「クリエーティブ・ビジネス・トランスフォーメーション」部門でも銀賞を受賞した。
世界最大のビール市場である中国。コロナは切ったライムを入れて飲むのが定番になっているが、中国では新型コロナウイルス感染症流行の影響を受けて、輸入ライムが不足してしまった。そこで地元の政府や産業当局と連携し、最先端のライム栽培の知識や技術を農家に提供。研究、開発、栽培に約1000日かけて、ライムの自社生産を成功させた。
2022年のビールの売上高が20年比で29%増加した。携わった農家1人当たりの収入も21%増え、現地の貧困対策にも貢献。24年までにライムを栽培する畑を209%増やし、耕作面積を130%広げ、農家の収入を30%増やす計画という。
Never Done Evolving feat. Serena Williams(ナイキ)
史上最強の女子テニスプレーヤーといわれる米国のセリーナ・ウィリアムズの現役27年目、最後の年を記念し、米ナイキは自社の50周年記念プロジェクトの一部としてトリビュート動画を制作した。AIによる機械学習を駆使し、彼女の強さと進化の過程を解析。アーカイブ映像とAIを使って異なる時代のセリーナによるバーチャル試合動画を生成した。全5000試合、13万ゲームに上り、動画には3ゲームを収録。プレースタイルの進化をモデル化したとして「デジタル・クラフト」部門のグランプリに輝いた。
1999年と2017年の2人のセリーナの対戦はユーチューブで一般公開され、ナイキの登録者数は 169 万人を超えた。「デジタル・クラフト」部門審査員長のレシュ・シドゥ氏は「語られていない物語の活気に満ちたタペストリーがある」と指摘。生成AIの普及が予想される中、「パーパス(存在意義)のある技術」が重要になるとの認識を示した。
ADLaM―文化を守るためのアルファベット(マイクロソフト)
米マイクロソフトの「ADLaM―文化を守るためのアルファベット」は「デザイン」と「クリエーティブ・ビジネス・トランスフォーメーション」の2部門でグランプリを受賞した。西アフリカ一帯に暮らす4000万人以上のフラニ族は、「プラール語」という言語を使っている。しかし世界共通のアルファベットでの表記がなかったため、インターネットが普及する中で彼らの文字文化は消滅の危機にひんしていた。フラニ族の兄弟が独自のアルファベット「ADLaM」を開発したが、様々なデジタル機器に最適化させて広く利用できるよう改良する必要があった。
そこでマイクロソフトは「ADLaM」を読みやすく書きやすいアルファベットに改定し、全世界で使用できるようにした。デザイン部門審査員長のクイントン・ハリス氏は審査で重視した点として「プロセス、クラフト、インパクト」の3つを挙げ、「瀕死(ひんし)の状態にあった言語を守る人々の文化への取り組みを加速させた」と受賞理由を述べた。
#TurnYourBack(ダヴ)
英ユニリーバの主力ブランド「ダヴ」は、ブランドとしてありのままの美しさと自尊心の価値を提唱する姿勢を長らく打ち出してきた。専門家と連携して、若い世代向けに自己肯定感を高めるプロジェクトを世界で実施するなど力を入れている。
動画共有アプリ「TikTok(ティックトック)」が新機能として、人工知能(AI)を使ってユーザーの顔を美形に加工する「ボールド・グラマー」を公開すると、ダヴは特に若い女性に与える悪影響に警鐘を鳴らすため、
影響力の高いインフルエンサーが、スマートフォンのカメラに顔が映らないように「背中を向けよう(Turn Your Back=ターン・ユア・バック)」と呼びかけるキャンペーンを展開。呼びかけの動画は5000万回以上再生され、広く支持を集めたほか、さまざまなメディアにもダヴのブランド名とともに取り上げられた。「メディア」部門でグランプリと金賞を獲得し、「ソーシャル&インフルエンサー」部門の銅賞などを受賞。
上の6作品は、次のURLからご覧いただけます。
https://www.canneslionsjapan.com/cannes/report_movie_2023/
(写真はCannes Lions 2023のサイトより)
日本企業の受賞続々
日本勢はグランプリと金賞を複数獲得する好成績を収めた。銀賞、銅賞を含めて11の部門で22年の倍以上となる延べ19作品が受賞。最終選考の対象となる「ショートリスト」に入った延べ作品数が43に達する結果を残した。
企業のキャンペーンなどの優れたクラフト(技巧)を表彰する「インダストリークラフト」部門でグランプリを獲得したのは、JRグループの「My Japan Railway」(マイ・ジャパン・レールウェー)。日本の鉄道開業150周年を記念してスマートフォンでスタンプラリーを楽しめるアプリを展開し、日本人の生活にとって当たり前の存在となっている鉄道の魅力を見直すきっかけづくりに取り組んだ。これまでアプリのユーザーが計200万個のスタンプを収集し、SNSで1800万件以上のインプレッション数(表示回数)を記録するなど話題を集めた。
グランプリに次ぐ金賞を獲得したのは計5部門の延べ7作品。相鉄グループが相鉄線と東急線の直通運転開始を記念して制作した映像作品「A Train of Memories」が「フィルムクラフト」部門や「デジタルクラフト」部門で金賞などを贈られた。
相鉄線で通勤・通学する父娘の12年間の姿を、曲がりくねりながら走行する1つの車両内に出演者がずらりと並んでワンカットで撮影。家族の日常に寄り添う企業の姿勢を表現し、動画投稿サイト「ユーチューブ」での再生回数は300万回に迫り、7万の高評価を得ている。
日本勢ではこのほか、プラスチック加工の甲子化学工業(大阪市)が手掛ける廃棄されるホタテの貝殻を原材料に使ったヘルメットが、「デザイン」部門と「イノベーション」部門で金賞を受賞。パナソニックの映像作品「Unveil」が「フィルムクラフト」部門で銀賞、ナイキジャパンが高校生を中心とする若い世代向けに展開したウェルビーイングを向上させるプロジェクト「NIKE塾」が「フィルム」部門で同じく銀賞を獲得するなどした。
日本経済新聞社と電通が主宰する「ウェルビーイング・イニシアチブ」も、ビジネスの在り方を変革する取り組みを募る「クリエーティブ・ビジネス・トランスフォーメーション」部門での金賞などを受賞した。日経は21年3月、公益財団法人ウェルビーイング・フォー・プラネット・アース(東京・千代田)や参画企業とともに同イニシアチブを創設。心身の健康や幸福感まで含めた豊かさを測定する「ウェルビーイング指標(GDW、国内総充実)」の開発を推進している。また、ウェルビーイングと企業価値の関係を明らかにするため新たな調査の開発を進めている。