カンヌライオンズ特集

社会課題と向き合うクリエーター AI駆使、時流つかむ カンヌライオンズ2023 採録特集から

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世界最大の広告クリエーティブ関連フェスティバル「カンヌライオンズ」が2023年6月19日から5日間、南仏カンヌで開催された。革新的な取り組みを表彰する「チタニウム」部門から新設の「エンターテインメント・フォー・ゲーミング」部門まで全30部門に2万7000件弱の応募があった。今年は環境、紛争、疾病といった社会問題の解決を模索する取り組みや、SDGs(持続可能な開発目標)、ダイバーシティー(多様性)などを意識した社会性重視のキャンペーンが数多く受賞した。また人工知能(AI)、メタバース(仮想空間)、データ解析といった先端技術の活用も目立った。さらに消費者に対しユーモラスな手法で訴求するエンターテインメント性も重視された。日本経済新聞社はカンヌライオンズの日本事務局を務めている。

環境や紛争、解決策を模索

会期最終日に発表された「チタニウム」部門のグランプリ(最高賞)に輝いたのはツバル政府の「The First Digital Nation」。ツバルはオセアニアに位置し9つの島からなる人口約1万人の立憲君主国家だが、最も高い場所でも海抜約5メートルしかない。地球温暖化が進み国土が消滅してしまう場合を想定し、メタバース上に存在する世界初のデジタル国家として生き残る取り組みだ。次世代にアイデンティティーを継承するため、既にツバルの歴史や文化に関する情報をクラウドに移管しつつあり、世界9カ国がデジタル国家としてのツバルの「sovereignty(主権)」を承認すると表明している。

ツバル政府はこの取り組みをオーストラリアの制作会社に依頼して進め、カンヌライオンズに応募した。サイモン・コフェ外相がデジタル国家に関して説明する映像と、水没しつつあるツバルのグラフィックスを組み合わせた動画は、多数のクリエーターの関心を集めた。もちろんツバル政府は危機的状況を世界に知らせ、実際の水没を回避したい考えだが、最悪のシナリオを想定した先見性も評価された。

マスターカードがポーランドで展開している活動「Where to Settle」もウクライナ難民流入という社会問題の解決を模索する取り組みで、「SDGs」部門のグランプリとなった。マスターカードが収集した決済や収入に関わる匿名情報を解析するとともに、ポーランドの不動産や求人の情報も利用してクロスデータ分析を実施。避難民に住居や仕事が見つけやすい地方都市を提示するプラットフォームだ。

首都ワルシャワなど大都市に集中していた難民を地方都市に誘導し、ポーランド経済の成長にも寄与する仕組みを構築した。SDGs部門審査員長を務めた電通グループのジーン・リン氏は「社会問題に向き合う取り組みは数多いが、『Where to Settle』は特に迅速な対応、敏しょうな行動力を評価した」と語った。

技術はアイデア実現のツール

今年は会場の至る所でAIという言葉が使われた。応募案件のうち概要説明の中にAIという言葉を含むものは全体の7.3%で、昨年の3.7%から急増した。

代表例は「クリエーティブ・コマース」部門でグランプリを獲得したサウジアラビアの料理宅配業者ハンガーステーションの「The Subconscious Order(潜在意識の注文)」。「人は口より先に目で食べる」というコンセプトのもと、スマホのカメラでユーザーの視線を追跡し、画面内での視線の位置と滞留時間を把握。AIが独自モデルで料理を絞り込み次々とユーザーの食欲を刺激する写真を表示し、最終的に候補となるレストランをリスト化する。ユーザーが多数の料理から迷わず迅速に注文できる仕組みが好評を博し、導入2週間で7万8000人の新規顧客を獲得した。同部門審査員長を務めたマーケティング会社FCB(カナダ)のナンシー・クリミラマナ氏は「先端技術を活用して注文という行為を楽しく心躍る体験にした」と受賞理由を説明した。

会期中はAIに関するセミナーも多く開催された。対話型AI「Chat(チャット)GPT」を公開した米オープンAIのブラッド・ライトキャップ最高執行責任者(COO)も会期2日目に登壇し聴衆を集めた。同氏は「AIは将来、人の仕事の一部を代替するだろう。しかし、広告制作のような創造性が求められる仕事では、人はアイデアを実現するためにAIを良きパートナーとすべきだ」と強調した。

AIに限らず、技術と独創的なアイデアがかみ合った時に秀逸なクリエーティブ作品が生まれるという考え方は定着しているようだ。鶏卵業者向けにGPSとデータ解析技術を活用した販促キャンペーン「FITCHIX」を展開し、「アウトドア」部門金賞を獲得したマーケティング会社VMLY&R(メルボルン)のクリエーティブ・ディレクター、キラン・マロニー氏は「GPS装置のデザインや解析ソフトなどで多くのアイデアが出て、それを実現する技術を開発した。創造的アイデアは技術によって力を得る」と強調する。

「FITCHIX」ではニワトリの背にGPS受発信装置を搭載し、1日の歩数や歩行距離を正確に計測し生んだ卵の表面に印字することで、鶏卵の納入先を3倍に、受注個数も4割増にした。ニワトリが嫌がらず歩行中もズレないGPS装置のデザインや、短い歩幅も正確にカウントして解析するソフト開発などを工夫したという。

クラフト(工芸技術)では日本勢が強みを見せた。「インダストリー・クラフト」部門グランプリはJRグループの「My Japan Railway」。スマホで駅のスタンプを集めるデジタル版スタンプラリー。同部門審査員長の八木義博氏は「駅を探す人の内面の価値を表出した」と評した。

エンタメやゲームにも関心

社会課題に向き合うシリアスな内容の応募が増える一方、ユニークな映像などエンターテインメント的要素を持った作品も数多く応募された。「ヘルス&ウェルネス」部門でグランプリに輝いたニュージーランドの保険会社パートナーズ・ライフの販促キャンペーン「The Last Performance」はその代表例。テレビのミステリー番組とタイアップして劇中の殺人シーンの映像を使ったが、その利用法がユニーク。一瞬驚かされるが最後は笑える映像に仕上がった。同部門審査員長を務めたVMLY&R(シカゴ)のメル・ルシエー氏は「エンターテインメントと広告のそれぞれの要素を両立させたアイデアが光る傑作だ」と評した。

「ラジオ&オーディオ」部門でグランプリを受賞したニュージーランドの携帯電話会社スキニーの手法もユニークだ。ラジオ広告を制作するに際して、不特定多数の人にフリーコールに電話してCMの文言を吹き込んでもらう。CM制作コストを低減できるうえ、自分の声がラジオで流れるため視聴者は楽しみながらキャンペーンに参加できる。同部門審査員長のFCB(南アフリカ)のツェリソ・ランガカ氏は「消費者を共同制作者にする手法は参加者意識を醸成するだけでなく、ダイバーシティーの面からも有効」と称賛した。

注目は新設の「ゲーミング」部門。ゲームを通じて社会にインパクトを与えた作品が対象。初代グランプリは「Clash of Clans」10周年キャンペーン。「40周年」というフェイクの歴史をつくり、末永く愛されるゲームの魅力を出した。社会問題の「フェイクニュース」を有効活用した。同部門の審査では「野心的でリスクを伴うアイデア」を重視した。

70周年の「カンヌライオンズ」、会期中に白熱の最終審査


正式名称は「カンヌライオンズ国際クリエーティビティ・フェスティバル」。初開催は1954年で、今年で70周年を迎えた。審査対象は当初の劇場CMとテレビCMだけから今や全30部門まで増え、世界最大の広告クリエーティブ祭に成長した。今年は86カ国・地域から延べ2万6992件のエントリーがあり、各部門で最高賞のグランプリから金、銀、銅賞まで全874件(ほかに特別賞2件)が受賞した。

審査は2段階で、まずフェス開催前に各地の審査員がオンラインで「ショートリスト」という最終選考案件を絞り込む。さらに会期中にカンヌでリアル会議を開き、最終受賞作を決定する。

議論が白熱することも珍しくなく、実際、今年も「グラス」部門などでは「グランプリと金賞の間は薄いウエハースくらいの差しかなかった」(ティー・オグロウ同部門審査員長)という。受賞クリエーターにはスカウトも増え報酬アップにもつながるという。

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