中央大学国際情報学部 教授/政策文化総合研究所 所長
岡嶋 裕史氏
2023年現在、メタバースには大きく2つの潮流がある。1つは、架空の社会システムをゼロからつくり上げる狭義のメタバース。中世の剣と魔法のファンタジーワールド、無重力の宇宙空間を再現したSF的な世界などがそうだ。もう1つは、現実世界に即して仮想世界を構築する、デジタルツインやミラーワールドと呼ばれる世界だ。どちらの潮流も、「自分の世界がここにあり、ここに住むのだ」と思わせる力を持つ。この魅力がメタバースの本質だ。
両者は将来的に融合していくかもしれないし、あるいは気軽にスイッチできるようになるかもしれない。ただ、現状はそこにアクセスするための技術に違いがあり、提供されるサービスも明確に異なる。必然的に想定されるユーザー層も、マネタイズのポイントも両者で違ってくる。ビジネスにメタバースを活用するなら、自社の得意なサービス技術がどちらのほうに適しているかを検討する必要がある。
事業者の志向や理念の違いを念頭に
こうした方向性の違いとあわせて、現状、メタバースの進展をどういったプレーヤーが支えているのかも確認しておきたい。事業者の志向や理念の違いを念頭に置いておくと、メタバースの現在地ならびに将来の方向性が見通しやすくなるだろう。
狭義のメタバースについていえば、これまで主に次の4つの分野の事業者がけん引してきた。「ゲーム」「SNS」、拡張現実(AR)や仮想現実(VR)などの技術を手掛ける「クロスリアリティー(XR)」、そしてブロックチェーン技術を活用して仮想通貨などのソリューションを提供する「クリプト」すなわち「ブロックチェーン勢」である。
ゲームやSNSの事業者は、自分好みの快適な世界を作ることに一日の長があり、メタバースの中核にいるのは紛れもない。ゲームやSNSの利用には限界があるのに対し、仕事や生活、学習などの分野に広げていくことが可能なメタバースであれば、利用時間を伸ばせる可能性があり、ビジネスとして取り組む強い動機にもつながっている。
一方、XR関連の事業者が持つ技術力は、より快適な仮想世界を構築し、金銭や時間を消費するに値するリッチな体験を提供するための重要な鍵になっていくだろう。
ブロックチェーンの動向には注意
注意しなければならないのが、ゲームやSNSの事業者とは異なる動機、行動原理でメタバースにコミットしているブロックチェーン勢の動向だ。ブロックチェーンは、ビットコインに代表される暗号資産のための技術というイメージがあるが、創発的なのは意思決定の仕組み部分である。中央集権的な管理者を設けず、参加者が相互監視することで非中央集権的な意思決定を志向している。
ブロックチェーン勢は、この仕組みを行政や企業など、社会の様々な場に展開していくことで、公平で透明な社会が作れるのではないかと考えている。ただ、「検証に成功すればビットコインがもらえる」という経済的なインセンティブが働く暗号資産と異なり、行政や企業に関して検証を行っても、そうしたインセンティブは期待できない。このため、「透明で公正な意思決定の仕組み」として期待されながらも、十分な参加者を獲得できず、社会に浸透してこなかった。
こうした状況を踏まえて、ブロックチェーン勢はメタバースのブームに乗じ、普及を促進させようと試みているように見える。しかし、本当にメタバースとブロックチェーンに親和性があるかは、幾重にも慎重に検討した方が良い。
ゲームやSNS業界は、ある種の社会実験として、現実の世界で実現できない理想の社会システムを作り、ユーザーに喜んでもらおうとしている。そうした社会を作るには強力なトップダウンが有効なことが多い。ゲーム制作的な発想で構築した仮想空間にブロックチェーンの思想がなじむかは疑問である。仮想空間に作られる新しい世界でブロックチェーン勢がどう振る舞おうとしているのか、注意しながら見守りたい。