日本橋は江戸時代から薬種問屋が軒を連ねる「薬の街」。今も大手製薬会社が本社を構える。研究開発は主につくばや湘南など郊外の拠点で行われてきたが、近年、日本橋でライフサイエンスまで幅を広げた形でイノベーションを生み出そうというエコシステムの構築が進んでいる。製薬業界は外部から多様な発想を取り込んで新薬の開発を進めるオープンイノベーションの時代を迎え、テック企業など異業種やスタートアップとの協業が欠かせなくなっているためだ。
連携の音頭を取るのは日本橋を発祥とする三井不動産の植田俊社長。2013年、サンフランシスコでの会議で、ノーベル賞を受賞した山中伸弥氏に面識を得た際、「日本橋をライフサイエンスの聖地にしたい」と訴えた。ここからアカデミアのネットワークが広がる。日本の医療・製薬分野は横のつながりが乏しく、「まず集まりましょう」と日本橋に場を提供し、コミュニティーづくりを進めた。
16年に「LINK-J」というライフサイエンスの連携組織を設立、会員は製薬会社やスタートアップ、大学、研究機関など約680を数える。開催した交流イベントは21年が524回、22年は834回。対面とオンラインの双方で行っているが、直接顔を合わせたいという要望は少なくない。
しばらくすると会員から実際に薬品などを使って実験できるウエットラボが都心にほしいという要望が出てきた。実験器具がそろうウエットラボは郊外の研究所や大学にはあるが、集まりやすい都心には少ない。オープンイノベーションを進めるには会員同士が試験管を振って見せ合う場も重要で、賃貸型ラボを都心に開設した。大手製薬会社やスタートアップのほか、異業種にも利用が広がっている。
宇宙航空研究開発機構(JAXA)もそのひとつ。宇宙関連技術をさまざまな分野に活用を広げていくためのオープンイノベーションの拠点として設けた。宇宙産業は世界で2040年に100兆円規模ともいわれ、急成長の可能性を秘める。政府が今夏にまとめる宇宙安全保障構想でも宇宙産業やイノベーション創出の基盤強化を打ち出す見通しだ。
不動産業は新たなイノベーションを育むプラットフォームの役割を担う時代を迎えつつある。
(編集委員 斉藤徹弥)
三井不動産・植田俊社長 次は宇宙産業の一助に
不動産業はグローバルな都市間競争をしていますが、建物を建てるだけでは競争に勝てません。建物に多様な人が集まり、交流し、イノベーションを創造していくことで街としての価値が生まれます。つまり日本の産業競争力の強さが不動産業の強さです。今までは産業のあり方に手を突っ込まず受け身できましたが、もう待っていられません。プラットフォーマーとして日本経済のパイを広げることが今後のデベロッパーに求められる大きな要素です。これを産業デベロッパーと呼んでいます。
ライフサイエンスは地の利、時の利、人の利がそろいました。薬の街・日本橋、簡単に薬をつくれる時代が終わり米国のオープンイノベーションの潮流が日本に訪れたタイミング、本来なら巡り合うことのない先生方との出会い。門外漢として走り回ったがゆえに共感してもらえ、医療・薬分野の縦割りの筒の間をジェルのように埋めることができました。宇宙には夢があります。宇宙の課題解決は地球の課題解決の一助になり、街づくりを通じて持続可能な社会の構築をめざす我々のビジョンにも合います。
よく考えればライフサイエンスと宇宙は似ています。人体は小宇宙にたとえられ、人間も宇宙もひとつのエコシステムです。宇宙、人間、そして社会というエコシステムをどう形成していくかはまさにSDGsです。アポロ計画も失敗の連続でした。チャーチルの言葉を借りれば「成功が上がりでもなく、失敗が終わりでもない。肝心なのは続ける勇気だ」。宇宙産業の果実はいつになるかわかりませんが地道に続ける勇気が必要です。五街道の中心だった日本橋から6本目の街道を宇宙へと延ばしたいと考えています。