日本経済新聞社は企業や学識経験者、行政の知見を結集し、生成AIの潜在力と課題を議論する「生成AIコンソーシアム」を創設し、第1回シンポジウム「ビジネス変革の可能性とルール」を2023年6月13日に東京都内で開催した。生成AIの国内第一人者である東京大学の松尾豊教授は「大規模言語モデル(LLM)がビジネスを変える」をテーマに講演し、「現在は第3次AIブームのまっただ中にある」と語った。
AI(人工知能)は幅広い領域で使われている。現在のブームの中核にあるのは、人がルールを教えなくてもソフトウエア自体が学習する「機械学習」。その中に「LLM」や「Transformer(トランスフォーマー)」と呼ばれる学習モデルが存在する、と松尾教授は説明した。
AIが持つ「識別」「生成」という能力のうち、後者に着目したのが「生成AI」ということになる。そこで行われていることは、簡単に言えば「テキストの途中まで読み込んで次を当てる」という自然言語処理だ。結果として、自然な文章が生成される。
前後の文脈を理解し応答した「チャットGPT」
従来は大量のデータで自然言語処理のための巨大な学習モデルを作っても、「過剰適合」が起きて生成効率は上がらなかった。だが、Transformer技術の登場で巨大なデータによってパラメーターの数を増やせば増やすほど性能が上がる現象が生まれた。その結果生まれたのが「大規模言語モデル」。特に米オープンAIが開発した「GPT-3」の登場は大規模言語モデルを使った生成AIの質という意味で大きなインパクトを与えた。
さらに社会に浸透する上で大きな影響を与えたのは、オープンAIが開発した対話AI「Chat(チャット)GPT」だ。松尾教授はチャットGPTについて「前後の文脈を理解して会話形式で応答したのが大きな変化」と話す。多くの人にわかりやすく、使いやすい形で機能を実装したことで、非常に素早く広がった。チャットChatGPTは22年11月の公開以降急速に利用者を増やし、GPT-3に代表される生成AIの登場は「社会現象化している」(松尾教授)と語る。急速に利用が広がり、ビジネス・教育・政治など、多くの分野に影響を与え始めているためだ。
生成AIは進化が早く、技術の蓄積が着々と行われている。AIから情報が創発的に生まれることで、新たな情報に気づく「プロセス」をAIと人が共に歩き始めている。
「生成AIにより米国の労働者の80%が影響を受け、特に高収益な業務ほど影響が大きい、との調査結果もある」と松尾教授は例示する。そうした状況は、生成AIの「創発」的な特徴が人々の生活に影響を与えている側面の1つと言えそうだ。ただ、技術的に見ても影響を考える場合も、生成AIは黎明(れいめい)期だけに「わからないことが非常に多い」とも松尾教授は指摘した。
「わからない中で技術的なブレイクスルーが生まれる」
松尾教授は「特化型のLLMを作るとして、それを個別最適で作るのがいいのか、それとも汎用モデルを応用する世界観なのか。判断は競争戦略上重要だが、どう未来が進んでいくかもまだわからない。規模が小さくスマートフォンや家電などに組み込めるLLMは必要だが、それをどう作っていくのがベストなのかもわからない。わからない中で技術的なブレイクスルーが生まれ、できることが増えていく」という。
松尾教授はまた、「こんな段階でも日本が今回は、活用・開発の波についていけている。政治の世界もスピード感を持って進んでいる。これが非常に大きなこと。日本はかつてないほど、世界のイノベーションに素早く反応している」とも評価する。
過去のIT(情報技術)のトレンドに、日本はなかなかついていけなかった。しかし、今回は、技術についても政策議論についても動きが早く、ちゃんとトップグループの一角にいる。「だからこそ、日本は生成AIで世界をリードしていける可能性も残っている」と松尾教授は期待を寄せる。
国には「研究に必要な計算資源やインフラ整備」期待
一方で、「大型言語モデル」開発が米国主導で進んでいることから、日本国内でも独自モデルを作るべきだ、との議論もある。この点について、松尾教授は「今後大きなインパクトをもたらす技術であり、色々な形で開発をすべきだ」としつつも、国が支援して「国産の大型プロジェクト」を立ち上げることについては慎重な立場だ。「国が巨大言語モデルを作ったとして、それが本当に良いものになるかは疑問。国は研究に必要な計算資源やインフラの整備をサポートして欲しい」と希望を述べた。
松尾教授はその理由について「過去、日本で上の方から『やらねばならぬ』的な形で展開されたものはうまくいっていない。日本では、自動車でも過去の家電でも、『みずからやる』形だったから強く、うまくいった」と説明した。
松尾教授の研究室は複数の自治体に生成AI導入を支援している。その現場は「あの市がやるならこちらはこんな風に」と面白がってやる中で進んでいるという。「そんな風にある種のお祭り状態になり、皆でワイワイと加速するモードに入るのがベストだ」と松尾教授は指摘する。生成AIは「まずは触ってみる」ことが大事なのだ。
(ライター 西田宗千佳)