「いずれは転職したいです」。こう述べる部下に、現場の上司は、どう応じたらよいのか。いわゆる「Z世代」の働き手を迎えたチームリーダーは仕事哲学の転換さえ迫られつつあるようだ。『人的資本の活かしかた 組織を変えるリーダーの教科書』(監修・田中研之輔、アスコム)の著者で、エンゲージメント(会社への貢献意欲)支援を手掛けるNEWONE社長の上林周平氏は「リーダーが一方的に教え導くのではなく、チームメンバーと一緒に語らい成長する時代」とみる。「企業価値そのもの」と位置づけられるようになってきた人材の生かし方や、中間管理職に求められる新しいリーダー像を、上林氏に聞いた。
「人的資本」をめぐるニュースが目立つようになってきた。関心が高まったきっかけの一つは政府が開示を義務付ける方針を打ち出したことだ。早ければ2023年3月期の有価証券報告書(有報)から、企業に人的資本の開示を求めるという。開示は世界の潮流ではあるが、日本ではまだなじみが薄く、戸惑いが広がっているようだ。企業の方針が定まらない中では、チームを預かる中間管理職は途方に暮れるしかない。働き手から成果を引き出すには、具体的にどう立ち回ればよいのか。上林氏は「管理や指導という、従来の役割意識を離れたほうがよい。むしろ『弱いリーダー』で構わない」と、肩の力を抜いた管理職像を示す。
従来のリーダーに期待されたチームへの向き合い方は「出世を支援する」「弱みを正す」「一体感を生む」などだ。これまでの指南書でもこうした役割を果たすための心構えや方法論が語られてきた。総じていえば、「頼れる人物であれ」「成功・正解へ導け」というイメージだ。しかし、上林氏は「旧来のリーダー像はもはや時代にそぐわない」とみる。新たに望まれる振る舞い方は「出世を支援する→メンバーの人生を応援する」「弱みを正す→各自の価値を一緒に見つける」「一体感を生む→自律的な個のまとまりをつくる」。ほとんど正反対ともいえそうな「逆転型リーダー」だ。
チームのつくり方で、上林氏がお手本に挙げるのは、俳優ブラッド・ピットが主演した野球映画「マネーボール」だ。米大リーグのオークランド・アスレチックスが統計的手法を駆使して、低予算のまま、強豪チームを育て上げた実話に基づいている。見習うべきだと指摘するのは、チームマネジャーたちの立ち位置や、選手との向き合い方だ。「強引にメンバーを引っ張るのではなく、個々の持ち味や強みを見極めたうえで、それらを最大限に発揮してもらえるよう、働きやすい環境を整えていく」(上林氏)。多彩な人材を集めたアスレチックスは低迷を抜け出し、快進撃を始める。
アスレチックスのマネジャーたちが優れていたのは、それまで一般的な「活躍のものさし」に頼らなかったところにある。打率や打点は今も伝統的な評価基準だが、アスレチックスはもっと細やかで目立たない各種データを分析。一見、地味ではあっても、本当の意味で貢献度の高い戦力を見つけ出した。企業でも月間契約金額のような分かりやすい「手柄」が評価されがちだが、「リーダーはチームメンバーの強みを見つける目を磨きたい。日本でも広がってきた1on1のような場を通して、従来型のものさしにとらわれない資質やスキルに気づくよう心がけてほしい」(上林氏)。