BizGateリポート/Biz

「第2の藤井聡太」 誕生するのは「α世代」からか 森内俊之九段(将棋十八世名人)に聞く(3)

AI 将棋 インタビュー Z世代

記事保存

日経BizGate会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。

初の「八冠」誕生――。第71期将棋王座戦(日本経済新聞社主催、東海東京証券特別協賛)の五番勝負第4局は138手で挑戦者の藤井聡太七冠(21)が永瀬拓矢王座(31)を大激戦の末に破り、3勝1敗で王座のタイトルを奪取した。将棋界の全タイトル独占は1996年の羽生善治九段(当時は七冠)以来27年ぶり。藤井・羽生両棋士の共通点と相違点、「第2の藤井聡太」はいつ誕生するかなどについて「超進化論 藤井聡太」(飛鳥新社)を著した森内俊之九段に聞いた。

王座戦第3局、AI評価値をどう捉えるか

――前局に続き第4局も藤井八冠の逆転勝ちでした。王座戦第3局は終盤のAI評価が5対95まで不利だったのを覆した「大逆転勝利」と報道されました。しかし森内九段が前回のインタビューで指摘していた「AI評価が99%でも、多くの候補手から難解な正解を続けて選んでいって、初めて勝つケース」だったようです。現地の棋士らがあれこれ検討を繰り返して正解手順にたどり着いたといわれています。

「AIによる分析をどう捉えるかについて改めて考えさせられる対局でした。今回の王座戦は開始前から初の八冠制覇なるかということで社会的な関心が高まっていましたが、AI将棋時代のあり方について我々プロ棋士にとっても大いに参考になるシリーズで、70年を超える王座戦の歴史の中でも屈指の名勝負でしょう」

――全タイトル独占は升田三冠(幸三・実力制第四代名人、1957年)、大山三・四・五冠(康晴・十五世名人、59・60・62年)、羽生七冠に続いて4人目。森内さんは羽生九段と名人戦を中心にタイトル戦を16回争い、最も羽生将棋を知るひとりですね。著者では藤井・羽生両棋士の共通点と相違点について言及しています。

「初めて羽生九段と対局したのは小学4年生の将棋大会の予選でした。6年生のときに奨励会に同期入会。島朗九段の研究会は島・羽生・佐藤康光九段・自分の4人でスタートしました。自分がタイトル戦で勝てるようになったのは長年にわたって仲間であり、背中を追い続けた目標の羽生九段らと切磋琢磨(せっさたくま)し続けてきた結果です。他方藤井八冠については、その将棋を2016年のデビュー当初から注目し研究してきました。将棋AIの発展とシンクロするかのように、レベルを上げ続けています」

「羽生九段と藤井八冠に共通するのは、盤上の最善手を探求する姿勢です。『羽生将棋』の中心には真理の追究、新しいことへのチャレンジ精神があり、どんな戦型も柔軟に指しこなします。対戦相手の得意戦法にあえて自ら踏み込んでいくケースも多いです。藤井八冠もAI研究を通じて、勝ち負けにこだわらず、いい勝負をしたいと気持ちが変化してきたとある対談で話しています」

「プロでも対局中のミスは避けられません。だから相手のエラーを誘発しやすい『最善ではないが、実戦的には有効な手』という考え方もあり、平成のタイトル戦はミスが致命傷になりにくいため、陣形の固さを重視することが多かったのです。しかしバランス感覚を重視する、AI将棋の指し方が身についている藤井八冠には『実戦的には有効』の手法が通用しにくい。自玉に敵の駒が迫ってきても冷静に対応できています。八冠には得意戦法がありません。一方で苦手な戦法もないのです。歴代の棋界の覇者と同じく圧倒的な終盤力、難解な中盤戦を乗り切る力を発揮し、高い勝率を維持し続けています」

感性重視の羽生、藤井は「AIで自分にない感覚に気付く」

――他方、両者の相違点はどこにありますか。

「時代環境が違うので単純な比較は難しいです。近年に関していえば、AI研究に対する姿勢は若干異なっていたとみます。羽生九段はこれまでに培った直感や感性を『自分だけにしか分からない貴重な財産』と大事にして、AIが推薦した指し手を参考にして対局を進めていたと思います。対する藤井八冠はAIを自分が気付かなかった手を示してくれると尊重しています。八冠と会食する機会がありましたが、オーダーしてから料理が運ばれてくる間も検討して『こんな手があったのですね』と熱心に話しかけてくれたことを覚えています」

――今春の王将戦で藤井・羽生の対決となり、立会人を務めるなど森内九段は間近に両者の将棋を研究していました。

「羽生将棋が変化したと感じました。AI将棋の研究成果をより取り入れ、現在流行中のメジャーな戦型よりもマイナーな定跡を深く掘り下げて対藤井戦に臨んでいたと思います。結果は4勝2敗で藤井八冠の防衛で終わりましたが、逆に羽生九段が通算100回目のタイトルを奪取しても不思議ではないシリーズでした。羽生九段には常勝のイメージが強いものの、1996年の全タイトル制覇以降はタイトル戦で敗れたり、ライバルに苦戦したりといった時期も何度かありました。そのたびに柔軟に対応して復活してきたのが羽生将棋です。藤井八冠にはいまだ挫折らしい期間は見当たりませんが、どんなに優れた棋士でもいずれ訪れるであろうスランプ期にどう対処するについてはまだ分かりません」

よりデジタル技術に親しんだ世代から「第2の藤井」か

――現在「第2の藤井聡太」についても著書で指摘しています。

「竜王戦で戦っている伊藤匠七段は藤井八冠と同じ21歳で注目されています。ただデビュー後に29連勝した八冠と同様のインパクトを持つ『第2の藤井聡太』は(2010年以降に生まれた)『α世代』から現れるかもしれません。生まれた時からよりデジタル技術に慣れ親しんだ世代は、八冠とも違った感性でAI研究に取り組むでしょう。『ポスト藤井』候補が2023年現在の奨励会に入会しているかどうか。AI技術は過去10年間で大きくプロ棋士の技術を前進させました。私自身、勝負に必要な体力・持久力を除いた純粋な技術力は、タイトルを争っていた以前より現在の方が上だという実感があります。これからの10年間で棋界にさらに大きな展開が待っているのは間違いないでしょう」

(聞き手は松本治人)

記事保存

日経BizGate会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。

AI 将棋 インタビュー Z世代

関連情報

閲覧履歴

    クリッピングした記事

    会員登録後、気になる記事をクリッピングできます。